今日のタイトルは今の私の座右の銘です。
アラフィフにもなると訃報を聞くことが多くなりますね。
私は音楽方面の推しが多い(むしろ99%はそうだ)せいか、自分の好みに関係なくミュージシャンの訃報を聞くとそこで色々考えてしまいます。年齢的なものでしょうけど、ここ最近は世代ドンピシャのミュージシャンの訃報が相次いだりしてますます思うところが…。
そうすると結論が「推しは推せる時に押せ!」ってなるわけで…。
この話続きがあります。しばしお待ちを。
今日のタイトルは今の私の座右の銘です。
アラフィフにもなると訃報を聞くことが多くなりますね。
私は音楽方面の推しが多い(むしろ99%はそうだ)せいか、自分の好みに関係なくミュージシャンの訃報を聞くとそこで色々考えてしまいます。年齢的なものでしょうけど、ここ最近は世代ドンピシャのミュージシャンの訃報が相次いだりしてますます思うところが…。
そうすると結論が「推しは推せる時に押せ!」ってなるわけで…。
この話続きがあります。しばしお待ちを。
前回の更新から10日は経ってしまった…。まぁそもそも前回はなんか気まぐれに書きたくなったのでなんとはなしに書いたんですが…。
実はコロナ禍前に1ヶ月毎日更新をしてたことがありました。ふと頑張って書きたくなって。でも続かなかった。書きたい!って衝動はなかったんだなーと実感した次第。
今回もそんな気分ですが続けられる時に続けてみようと思います。
先日の↓の記事を書いていて思い出した本があります。
ちょっと↑の本についての思い出話をすると、最初今は亡き雑誌”vintange“で連載を読んでいたなあ、と。
本も持っていたんですけど置き場所なくて手放してしまった…。
さて、この本の中に「器と水」という一編があります。人間関係を水と受け止める器に例えた話なのですが。
この中でいい器がいい水を受け止められるとは限らない、的なフレーズがありまして、それを「自分の器に相応しい出来事を受け止められるとは限らない」となんとなく思った次第です。
私、介護に従事している専業主婦という名のニートなので、人様よりは心身に余裕がある、はず。
なのに今週ドーンと疲れてる…。
自治会の集金と草刈りがあり、義姉たちの来訪があり(2人まとめて来て欲しかったなーと思ったり)自治会理事会があってその後のチラシ作ったり…私的にはきつい。
↑程度のこと、楽勝って人がほとんどなのはガッテン承知(古)が、私には辛い。
人には容量があって大きい人もいれば小さい人もいる。どうやら私は極小のようだ…。
介護されてる方の多くは、被介護人の通院に付き添う(そして苦労する)というのがあると思います。
えぇ、私も例外ではありません。
義父の血液検査の数値によりますが、最低1ヶ月に1度経過観察で検査&診察がございます。
私なりに割とイベントなので忘備録というかデトックスも兼ねてツラツラかきます。
僕たちの戦いは前日から始まっている!
私がカレンダーに診察時間の記入をするのは前日午後5時以降。そして食卓に予約票を出します。
「診察時間の記入が前日午後5時以降」というのには理由がちゃんとあります。
ズバリ
病院に問い合わせの電話という怒鳴り込みをさせないため!
です。
…過去何度かやられたんですよ。
その後義父が階下に降りてきたタイミングで明日の診察について伝え、延々とリピートされる質問に答える。
当日
まず義父用の服を階下に用意する。出発1時間前ぐらいに起こす。トイレに起きてくるタイミングで声をかけることが多いかも。
当然忘れてますので昨日とおなじ質問をされながら何とか着替えてもらう。理想は階下で服を着替えてもらうことだが(部屋に持ち込まれるとその時点で紛失状態になるので)大体失敗に終わる😢
夫の出勤前に車で送ってもらうため、時間厳守で出発できるよう最新の注意を払う。
ちなみに着替えにしろその他の準備にしろ常人の数倍は時間がかかるのはもちろん折り込み済ですよ。(夫は慣れてない)
まぁただありがたいことに病院に行けさえすれば暴れるようなことはないので病院に連れて行くまでがお仕事です。