教科書にない歴史
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神武天皇以前にあった日本の王朝

神武天皇の存在ですら架空と言われている今日。


だが神武天皇以前にウガヤ王朝があったという事実を、竹内文書、富士文書、九鬼文書などが若干の異同はあるが伝えている。


その数七十数代。


度重なる天変地異で、その文化は崩壊し、高天原王朝は九州に避難していたのだ。


それ以前の世界ではなんと日本は世界の中心であった。


中華意識、つまり自分達が一番という意識の由来は、わが国がアジアで平和的統治を行っていたときの名残ともいえる。


つまり明智光秀や豊臣秀吉は、スペインやポルトガルの侵略作戦を聞き、アジアが一つにならなければいずれは欧米人に虐殺植民地化されてしまうことを鑑み、大陸の進出をへだてたのだ。

明智光秀は千利休だった。

一子相伝の秘密。


謀反人明智光秀は竹やぶで殺されたとされていたが、実はあれは替え玉で、千利休として豊臣秀吉の軍師として仕えていた。


豊臣秀吉は明智光秀が織田信長に反旗を翻すことを聞いていたのだ。明智光秀は主君殺しが長く天下を治められるなどということは思っておらず、もともと豊臣秀吉に国を治めさせるつもりであった。


豊臣秀吉はなぜ大陸をめざしたか・・・。このきわめて評判の悪い大陸進出だが・・


実はこれは明智光秀の献策によるのだが。