宇摩説の「大人の古事記講座」33 

   

  古事記冒頭5 高天原の三柱の神の意味と建国1

  

  

  はじめに

  

 前回に高天原・アマノミナカヌシの語義は、共に瀬戸内海の中心部を意味する言葉であり、高天原所在論に決着をつけた。僅か、古事記冒頭の1行のいとも簡単な解明・決着である。

   

 高天原とアマノミナカヌシの示す場所は、潮流と地理的表現で、瀬戸内海の燧灘、宇摩郡の浜辺であった。そしてこれは当時の人々が所在を呼称・認識・記憶した事を示すものだ。

   

 したがって、宇摩説の北市国中央の解明に異論が出せない。ここまで読んだ人は、弥生=神話時代の都は宇摩郡に在ったと記憶すれば、古代史の謎が色々が見えてくるだろう。  

   

 天之御中主神は、「やさしい古事記講座」2でもう少し詳しく書いているので参照されたい。

   

    

 やさしい古事記講座2 天之御中主神

http://kabu003himiko.iza.ne.jp/blog/entry/355661/

   

   

 さて、先に書きかけた、日本建国を始めよう。

 

   

  日本建国の三神(史学の造化三神)

   

 古事記の冒頭に出てくる3柱の神は、史学が造化三神と呼び、空想世界に誘導してくれるが、宇摩説では話合いの統一国家の3巨頭であり、卑弥呼の共立と同じく、建国三巨頭も話し合いの成立であった。(*争い、武力の結果ではない)

   

 この三巨頭は、後にも残る、矛、細型銅剣の九州・平形銅剣の四国・銅鐸の近畿を束ねる三人で「高天原=邪馬台国」と言う連合国家を作ったのである。

   


青銅器の三文化圏

   

 ”はじめに”で弥生時代は4つの文化圏と言ったから、「アレ」と思う人が多いだろうが、ここは建国当時の話であり、三つの地域の主が統一して高天原と言う統治機構を作り国が出来たのだ。

   

 実は、最初の頃に、四国に三つの文化がある。北四国が平形銅剣、南四国の西南が矛文化圏、東南が銅鐸文化圏に属して、三つの文化圏なのである。南四国の分岐は高知市辺りである。

   

 四国の三つの地名、イヨ・アワ・ウワの地名、弥生遺跡・遺物は三つの文化圏を示している。アワ・ウワは近畿と九州が四国へ往来の拠点であり、往来の通路、港の地である。


   

 次回になるが、宇摩説の建国3神の名も、この3文化圏も考古学上の発掘にも一致する。古事記は勝手に創作したものでは無い証拠でもある。


 

  

  古事記の迷彩

   

 なお、古事記では「四国は面四つあり」と、讃岐が加わるが、イヨ・アワ・ウワは二音(語)で如何にも初期の地名を表すが、サヌキは三(音)語で語義も新しい。つまり、後世の作であろう。

   

 四国の弥生遺跡は、北四国(イヨ・サヌキ)は同じ平形銅剣の出土で、弥生・神話当時は基本的には同文化圏だが、東(さぬき)は銅鐸文化の影響が有り、西は矛文化の影響がある。

   

 細かく言えば、燧灘に面する地域が平形銅剣文化で、それよりはずれた東には、アワと同じ銅鐸文化で、西の方はウワと矛の文化が残る。

   

 現在の地名は分散されているが、弥生時代には、イヨ・アワ・ウワが市国の地名であろう。三つの文化圏についていた地名を思わせる。古事記は、四国は「イヨの二名島」と書き残している。イヨが統治していた。アワ・ウワの二つの島との意味であろう。

   

 なお、先に、イヨの二名島とは、イヨと二つの名(ウワ・アワ)の意味だと説明したので、ここでは、説明だけを書いておく。なお、このイヨ二名の名で、面四つと古事記にあるが無理がある。

   

 私には、古事記は”迷彩と事実残し”の記述だと思う。古事記の解明を進めると、一方で推測すると事実があり、表面記述に迷彩が多く残ることに気づくのである。先の「天地初発」などの同じだ。

  

   

  イヨが四国の主の国

   

 イヨは平形銅剣文化の国名であり、倭人伝に「卑弥呼の宗女、壱与(いよ)」とあるのは、伊予の国の任に当たっていたイヨ国の後継者であり、見習いだった。

   

 彼女が、土佐まで迎えに行った事は、高知地名に伊与喜や伊与喜川などの地名が残る。川沿いに矛行列などの祭りが残るのが、中国の使者の道中の継承であり、別に書いたとおりである。

   

 このイヨの主を官職で見れば、成長後は古事記冒頭の天之御中主であり、後の倭人伝の卑弥呼であり、神話時代のイザナギの跡を継いだ天照大神なのである。

   

  

 先に、高天原と天之御中主が同じ宇摩の場所を示す話をしたが、その同じ場所の支配者がイヨに関係することがわかってきたのであり。平形銅剣文化の主である。

   

 何度か書いているが、平形銅剣は刃の研ぎ出しが無く、両刃である。これがイヨ国の主の思想を表すもので、統治機構が出来ても天と国(地)は対等・平等・誓約などの象徴である。

   

<2012,1.9「大人の古事記講座」33 冒頭5 建国1>

   

古事記の冒頭はまだまだ続くように、非常に多くの情報、意味を持っている。宇宙創成などの創作・空想に付き合ってはいられない。日本建国の具体的姿が判明する。