【ソウル聯合ニュース】韓服(韓国伝統衣装)普及委員会が30日に日本の大学生ら40人を対象にした体験イベントを東京・新宿の韓国文化院で開く。



最近は韓服を来て観光地を回る訪韓外国人も増えている(資料写真)=(聯合ニュース)

 イベントでは試着のほか、韓服や韓服を身につけた際の礼儀作法の説明、茶道体験などが行われる。イベントのサポートのため日本に留学中の韓国人生も駆けつけるという。

 普及委員会のイ・ヒャンスン委員長は「単なる試着だけでなく、服飾文化を紹介することで韓国に対する理解が深まれば」と話す。イベントは日本の外務省と在日韓国大使館の後援。

http://japanese.yonhapnews.co.kr/society/2018/05/06/0800000000AJP20180506000300882.HTML

 

 

朝鮮の報道は殆ど全部が捏造か創作と言う事はすべて知ってますがね、

でもこれはないでしょう

 

創作や捏造は民度ですから仕方ありません。

が服は事実でありそこまでしても捏造はいかんでしょう。

 

朝鮮の服=韓服は白が基調でしょうに。

色付きは当時の両班階級=貴族が来ていたはずで、

色によって階級が決まっていたはず。下矢印

王宮貴族たちは色物。下矢印

「白丁(パクチョン)」と奴婢(ヌヒ))達は白ばかりだった。

 

 

上記の韓服は色物でしょうに。色物は朝鮮宮廷しか許されてなかったはずです。

色物を使いだしたのは日本が併合後くらいからでしょうに。

 

在日が帰国しないのは階級制度
 日本に住む多くの朝鮮半島出身者が、日本が嫌いでも帰国しない理由や、強制連行されたと言うが本国に帰えせとは絶対に言わない。
 その、帰化したくても帰化できない理由などに、少しだけ触れたい。
 後で下段の動画で、韓国の大学教授の話をよく聞くがいい。

 黄長燁(ファンジャンヨプ)(86)元朝鮮労働党書記が4月4日来日した。
 日程は発表することはない。

日本国内には朝鮮半島南北で敵対する構図がそのまま存在し、命を奪おうとする輩が沢山いるからだ。
 ところで、黄長燁氏は日本語がペラペラだ。


 

 

86歳という年齢からすると20歳過ぎまでは、日本語で生活していたことになる。
 日韓合併は1910年(明治43)に行われているから、黄長燁(ファンジャンヨプ)氏は当然、生まれたときから日本人として育ち日本の教育を受け、日本名で生活していたのだから当然と言えば当然だ。

 よく、「植民地」といえば、欧米列強がアジアやアフリカ諸国でとった搾取・差別・略奪が伴ったことを言うが、日本がとった方法は合法的「合併」だった。合併政策により、日本の国家予算の何割かを、朝鮮人民の生活向上や、教育、鉄道、道路、港湾などのライフラインの整備にあてたという。
     ※「日韓併合前後 朝鮮半島写真館」http://photo.jijisama.org/
 

搾取より、与えた方が多かったのだ。
  特に、合併前の朝鮮半島の暮らしぶりは貧困にあえぎ、1922年誕生した共産主義国家ソ連の南下政策で植民地化寸前だった。

このような、ギリギリの場面で朝鮮に、ソ連による共産化を取るか、日本との同化を取るかを選択させた経緯があった。
 
 また朝鮮半島の暮らしぶりで有名なのが、厳しい階級制度を挙げることができる。
  朝鮮半島の身分階級は厳しく、大きく分類すると、良民(両班、中人、常人)、賤民(奴婢、白丁)(奴隷制度)があった。

 日本の士農工商/穢多・非人より、もっと厳しい身分制度だったという。
 

そして、この身分制度は、今も暗然と残っているという。
 家系の正統性や優秀性を証明する「本貫」のことを知れば分かることだ。
  おもしろいのは日本国の礼節が、相手の存在を認めることから始まるのに対し、儒教の国の礼節は、相手の存在の否定から始まるという。

 

それは、常に蹂躙し蹂躙されたという土地柄と、奴隷の歴史の中から生まれたものだという。
 この国の人達が初対面の人に愛想笑いをしない理由もここにあると言う。
 

相手の出身や年齢を知るまで、油断しないのだそうだ。
 「なるほど」とうなずける話だ。
  

日韓合併の話に戻ると、合併により日本と朝鮮の行き来が簡単になると、

朝鮮半島から、最下級身分(奴隷)の者の多くが、抑圧から逃れるために日本に続々とやってきたことも納得できる。
 

日本は身分制度や民族差別は殆どなく、住み易い国と見られていた。
 かえって、差別は朝鮮半島での厳しい身分制度を知るコリアン同士に尾を引いてあるそうだ。

 少なくとも、最下級で奴隷生活しているよりは、日本が良かったはずだ。
 今、日本で生活している多くの朝鮮人関係者は、その奴隷の子孫だ。
 

 帰国しても、土地もなく(元々持てなかった)生活基盤はなにもないのだ。

http://z-shibuya.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-1966.html
 

韓国の大学教授の話をよく聞くがいい。 黄長燁(ファンジャンヨプ)(86)元朝鮮労働党 ... 朝鮮半島の身分階級は厳しく、大きく分類すると、良民(両班、中人、常人)、賤民(奴婢、白丁)(奴隷制度)があった。
 

 つまり、生活基盤が本国にあったコリアンは皆帰国したと見ていい。
 それから、日本敗戦から3年後の
 

 1948年に始まった「済州島四・三事件(済州島民が赤化し大量虐殺された事件)」で日本に脱出した島民のことにはいずれ触れたい。

元島民から苦労話を直接聞いたことがある。

日韓併合当時に来日したコリアンとは事情が違うようだ。
 
 韓国や北朝鮮が在日を返せと言わない裏には、このような事情があった。 
 もっとも戦後、GHQの「半島出身者は全員帰国をさせよ」という指令で、戦後1946年3月までに在日朝鮮人のうち、140万人が帰還している事実がある。
 それでも帰国しなかった大きな理由は、
上差し 「再び、元の白丁などの身分・階級に戻るのはイヤだ」
 
上差し「徴兵から逃れたい」、
上差し 「貧乏生活に戻るのはイヤだ」
 
上差し「日本は裕福で暮らし易い上に、差別がほとんどない」
 などの理由からだ。

 

高齢のコリアンが近くにいたら確認したらいい。
 最後に帰化のことに触れると、「白丁(パクチョン)」には、日本でいう戸籍「族譜」がないこと、

あるいは、密入国している等で書類が揃わない理由も存在するという。

 追記するが、「特別永住者」は2003年からは、以前、帰化申請に必要だった「帰化の動機書」を作成・提出の義務がないので帰化し易くなったそうだ。
 これにより、申請者の親族等からの渡日の経緯や戦後に帰国しなかった理由等の記載は大幅に簡略されたと聞く。
http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainijuunanadai
 

上矢印

少なくとも韓国は敵であるのに認めないお人がいる。

ゆえに特権や入国ビザの優遇、移住を進めるのは

どういうお考え?疑問がありすぎるのよ。

 

 

長州人ならばもっと正統な御仁がいられるはずである。

戦前は何処の馬の骨やら・・・?

 

 

https://kabukachan.exblog.jp/24445305/

 

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