竹取物語 | 邪馬台国の道標(みちしるべ)

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あの有名な子供向け童話『かぐや姫』の元となる文献『竹取物語』は、平安時代初期(9~10世紀頃)に成立したと推定されている作者不詳の日本最古の物語です。

光り輝く竹の中から翁に見出された小さな女の子が美しいお姫様である『かぐや姫』に成長し、お蔭で翁夫婦は裕福になり、次々と名のある若者から求婚を受けては難題で応じて諦めさせ、最後には帝の目にも留まり文を交わす中になったのですが、やがて月を見て物思いに耽るようになり、遂には使者が迎えに来て、月の世界に帰って行くというSFファンタジー作品になっています。

 

「月見と竹」 しゅうぽんたんさん作

 

かぐや姫が出した難題として、以下の五つが記されていますが、ほとんどは筆者が以前に提示した神武天皇の系譜に関係しているように思われます。
「仏の御石の鉢」 → 伊斯許理度賣命で言及した銅鏡
「蓬莱の玉の枝」 → 神武天皇(海神)の宮:蓬莱山
「火鼠の裘」 → 倭建命の東征時に倭比売命に草薙の剣と共にもらった御嚢
「龍の首の珠」 → 天照大御神の勾玉
「燕の産んだ子安貝」 → 燕の属国となった古朝鮮

 

『古事記』の垂仁天皇記には、かぐや姫のモデルとなったと推定される、『大筒木垂根王(おおつつきたりねのみこ)』の娘『迦具夜比売命(かぐやひめのみこと)』がその妃として登場します。

そして、この大筒木垂根王の弟に『讃岐垂根王(さぬきたりねのみこ)』という人物も記されています。

 

小説「弥生の輪廻」で描いたように、大国主命=月読命とすると、かぐや姫が帰る月の世界=出雲ということになり、以下の推論が成り立ちます。

 

大筒木垂根王とは、筒木を『竹、月』、垂を『紙垂(しで:垂れ下げる細く切った紙)』、根を『出雲国』とすると、『御幣(ごへい:祭祀で用いられる紙垂を竹などにはさんだもの)を用いて、大きな月に象徴される大国主大神に祈る、出雲の王』と解釈することができます。

つまり、大筒木垂根王とは、大国主命の御子で、出雲大社の宮司を務めて神道を広めた『事代主神』を指しているのではないでしょうか。

そして、事代主神には、神武天皇の后になったとされる御子がいたので、迦具夜比売命とは、その御子『伊須気余理比売』ということになるかも知れません。

しかし、垂仁天皇=天照大御神=卑弥呼で、「記紀の仮説 神武天皇② 訂正版」のところで神武天皇記に卑弥呼のことを重ね合わせているとしたので、年代を考え合わせると、迦具夜比売命は出雲から天照大御神の元に出向き、巫女として仕えたということではないでしょうか。

垂仁天皇の『垂』も御幣による祈祷に関わられた天皇であることを連想させます。

なお、讃岐垂根王とは、『垂根王』を上記と同様とすると、『事代主神』もしくはその側近が讃岐に出向いて大国主大神(大物主命)への祭祀を広めるために金刀比羅宮などを建てたことを物語っているのではないでしょうか。

 

また、京丹後市の竹野神社には、巫女を養成していたという伝説が残っています。

 したがって、以上を踏まえて物語を推察すると、かぐや姫伝説とは、出雲から巫女修行のために丹後に派遣されたかぐや姫が、派遣先から帰してもらえず、遂には月の世界に象徴される出雲からの使者に連れ戻されるという出来事を物語っているのではないでしょうか。

そして、出雲と皇室との深い関係をも暗示しているのかも知れません。

 

竹取物語と古事記などの記述を比較

 

 

小説「弥生の輪廻」 https://ncode.syosetu.com/n0234fr/

邪馬台国のFAQ「卑弥呼は誰ですか?」 https://ameblo.jp/yamatai-michi/entry-12471924610.html

記紀の仮説「神武天皇② 訂正版」 https://ameblo.jp/yamatai-michi/entry-12471918109.html