「綺麗事」
ってなんだと思う??
私は、「綺麗な事」だと思う。
え、違う?
どのへんが…どう?!
「普通」や「常識」や「正解」
なんかに惑わされてないで
誰かが夢を語った時、
あなたは「綺麗事だ」
と笑いますか?
その人に、その語っただけの
実力と現実性があるのかないのか、
そんな事を考えてしまった?
それは、大きな大きな勘違い。
そう思ってしまった、あなたが不幸です。
世界が歪んで見えてるのです。
「青い空」は青いし
「白い雲」は白いし
「綺麗な事」は綺麗だよ。
夢を持った人が、
その夢を語っただけの
地位や、
富や、
『結果』がないなら、
その人の「夢」は
なかった事になるのか?
なぜ、もっと見ようとしない?
確かに、甘さや現実性に欠ける夢も
あるかもしれない。
でも、もっとなぜ見ようとしない?
まるで、そんなものは無いかのように、
鼻で吹けば飛んでいくかのように、
「綺麗事だろ」と
鼻で笑うかい?
あえて言わせてもらうよ。
それは、
「あなたの"覚悟"がない」
証です。
覚悟とは信じる事だと、私は思っています。
信じる事が多ければ多いほどに、また大きければ大きいほど、あなたの覚悟は増えるし大きくなっていく。綺麗な事を「綺麗」だと言えないのは、言ってしまったが最後その世界に足を踏み入れなければならないからです。
矛盾するようですが、この世界はとても汚いです。権力や暴力、エゴイズム、嫉妬や恨み辛み、偏った正義、環境を壊しながら進むテクノロジー。。。上げればきりがありません。
それが、「今」なのです。
これこそが「今置かれている現実」なのです。
『綺麗な事』なんて、
とても言えたものではありません。
でも、だからってこのままで良いワケはない。
誰もがもう分かっているはず。
何が良くて、何が悪いのか。
日本や、先進国と言われている国々は
もはや大抵の"生存する為"の課題は
ほとんど解決してしまっている。
「明日の命が分からない」
なんて、考えながら暮らす人は
ほとんどいないし、
衣食住に困る事もまず無い。
でも、「いいのかわるいのか」という
課題はまだ残っている。
分かりますか?
思い浮かべることはできますか?
戦争は、
あった方がいい?
なかったほうがいい?
差別は、
あった方がいい?
なかったほうがいい?
格差は、
あった方がいい?
なかったほうがいい?
国境は、
お金は、
苦悩は、
孤独は、
世界が平和で、
あった方がいいに決まってる。
人は優しい方が
いいに決まってる。
この世界が、
私達人間が、
「綺麗」な方がいいに決まってるじゃん。
『できてないとしても』
そう、決まってるんだ。
決まってるにもかかわらず、私達人類はそれが出来ないでいる。なぜか?
『覚悟』がないからです。まだまだ少数だからです。綺麗な事や、素晴らしい価値観はまだまだこの地球の半数にも満たないと言う事です。
信じてしまったら最後、その少数の世界へ、つまり"未知の世界"へと足を踏み入れなければならない。それが怖いのです。多くはこのままでいたいのだ。それが、"生存"するには一番セオリーだからです。
でも、この先も本当に"生存し続ける"為には、より良く、より綺麗にならなくては、絶対にそれは叶いません。
生存し続けるとは、子供たちにこの世界を繋いでいくこと。世代を時代を結んでいく事。過去と今と未来を紡いでいく事。それができなければ、今いる子どもたちは、生きてはいけないのです。
「綺麗事」とは「綺麗な事」だと、
信じてみませんか?
誰かの無謀な夢の、その内側にある情熱を
信じてみませんか?
その純粋さを信じてみませんか?
その覚悟が、
今この地球には必要であり、
私達に求められているのだと思うのです。
「覚悟」がある人が、
多くを「信じれる」の
ではありません。
多くを「信じる」
からこそ、
「覚悟」が
芽生えるのです。
信じれば、世界が広がる。
疑えば、世界は狭まる。
でも、本当は世界はとても
広いのだと言う事を
信じてみましょう。
おわり。
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