最近は、とても心が穏やかで、泉が波一つなく平行を保っているような、とても静かな日々が多くなってきている。

飛び上がるような喜びや、胸を打つ"ワクワク"ではない「何か」がそこにあって、僕の人生をコントロールし始めた。

まだ探り探りですがその"存在"について書いてみたいと思います。


【ワクワクではない「何か」】

「ワクワクに従って生きる。」
とか。
「自分の未来にワクワクしよう。」
といった"ワクワク"推進キャンペーンが、ちょっと前から始まり、その頃はこのワードを耳にする機会が多かった。今はもう珍しい言葉でもないけど、今でも「そう生きれたらいいな」と、人が希望を持って生きるための"旗印"となっているのでしょう。私も大いに共感しましたし、実際そう心がけることで人生をポジティブなものにしてこれました。

…でも、最近はもうちょっと違う感覚が私の生きる指針(以下旗印)になりつつあります。
これを言語化する事はまだちゃんとできないのだけれど、別のその「何か」が私を幸福感に満たしてくれます。表現するとしたら、"幸せ"とか"愛"に近いような…。
飛び上がるような喜びや、胸を打つドキドキではないのだけれど、、、

"平常心でいて、そこにはただただ、今この瞬間(過去と未来を含む)への感謝だけがあり、他に何も必要じゃない"

とても心地のいい心境です。時にはそれが溢れ出してしまい一人で涙する時もあります。そんな時、私の心は静かにふるえているのです。


【ワクワク→ふるふる?】

「心がふるえる」という事は、一体どういう事なのか…。
言い放ったそばからあれなんですが、よく分かりません(笑)
でも、弾けるような鼓動とも違うし、期待感でもない。自分自身を鼓舞するような勢いのあるものでもないし、努力とかとも違う。
ただそこに"在るように在ればいい"。居るのとは違う。"在りたいように在ればいい"。居るだけではいけないが、成果や証明も必要ではなく、ただただ、私が"在りたい自分で在れればいい"。それは、"成りたい自分"ではなく"在りたい自分"。成る必要はなく、在る必要があるという事です。"在り続けよう"とした結果として、何かに"成る"のだと思ったのです。自分が"在るべき"人生の、その道の上に在る事ができている。それは私だけが知っている真実。誰かの承認も、何かの証明も「必要ではなく」自分がそれに心ふるわせている事。涙するほどに「今ここ」に感謝ができる事が唯一の"証"です。
なので、最近はワクワクも素敵ですが、ふるふるな人生にシフトしてみようかと思っています(笑)
 


【心がふるえる時っていつ?】

例え話をしましょう、、

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"長く付き合ったカップルが久々の連休二人でお泊り遊園地デート(何だそのデート。笑)に行く事になりました。
その日は快晴で、お出かけにはちょうどよく運転も気持ちがいい日✨さぁ、これから思いっきり遊ぶぞー!思いで作るぞー!って二人仲良くドライブしています。その時、これから起こるであろう楽しい事に"ワクワク"しているでしょう(^^)♫
遊園地について、あの乗り物この乗り物!こんな楽しいイベントもやってるんだー!って二人でいろんな事を見たり体験したりで、日々のストレスも仕事の事も忘れて、二人の時間を謳歌しています。その時は、二人の心はワクワクで満たされています✨

一通り遊び終えて、少し休憩することにしました。クレープを買ってくるといって歩いていく彼女の後ろ姿を座りながら見て、彼は一人ふと思いました。

「この人と来れて良かったな。。」
「僕はこの人を守っていきたい。この人の為に僕はこの人生を使いたい。この幸せな時を増やしていきたい。」

その時、これまで少しずつ話をしていた"結婚"の事を考えました。そして、クレープを両手に持って戻ってくる彼女の笑顔を見て心の底から思いました。

「この人と、人生を共に歩んでいきたい」"




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この時、彼の心は弾けるようなワクワクではなく、とても静かで、穏やかで、彼女に対する溢れる想いが泉いっぱいになっている状態です。それが溢れるには、あとほんの一滴で十分であり、もう他に「何も必要ではない」のです。そこにはただただ"今ここ"への感謝があるように思えます。彼女を通して、この遊園地や、道中の景色、快晴、お互いの親兄弟、昨日の夜の喧嘩にさえ「ありがとう」と言えそうに思えます。

この時、彼の心を支配しているのは、"ワクワク"ではなく、今にも溢れ出しそうな"幸せ"であり、底なしの感謝からなる"愛"とでも言えるような。弾ける鼓動とは全く違う。穏やかで静かに心がふるえる時なんじゃないかと思います。

彼女への限りない「愛」と、二人をとりまく世界への「感謝」が、彼の心をふるふるさせたのです(笑)
その時の彼に、他に何が必要なんでしょうね😌?結婚費用?夫婦円満の秘訣?愛?希望?
いいえ。その瞬間の彼にはもう「何も必要ではない」のです✨



【あなた"今"はふるふるですか?】

分かりやすいように、カップルや結婚というテーマでお話しましたが、これはどんな場面でも、どんな人にでも当てはまるものだと思います。現実がどうかではなく、あなたの中にある真実がどうかというお話なのです。
未来に対してワクワクする事はとっても素敵だし、その期待感が僕らの今に勇気を与えてくれます✨でも、ついつい人はその理想と現実を比較し、または人と比較し、自分自身を推し量ってしまうのです。でも、私たちは私たちの"在るべき姿"を持っています。

「誰を笑顔にしたいのか」
「皆にどうなってほしいのか」
「僕はみんなに何ができるだろう」

こんなふうに、自分以外の誰かや何かの為に自分の命を使う事ができる事。犠牲ではなく、貢献である事。強制ではなく、祈りである事。これはちょうど、愛してやまない恋人を思う心と似ています。


【私がふるふるする瞬間】

私は思います。『たった一人をそんなふうに愛せたなら、同じようにみんなを愛せるのです。みんなを愛せたなら、たった一人を愛する事ができるのです。そしてなにより、そんな自分を愛せる人となるのです。
世界を愛しましょう。この世界は一つになるべきなのです。国境も戦争も争いも競争も「必要」ではないのです。私が心をふるわす瞬間はいつも、この事を考える時です。
戦争がいけないのではない。ただ、「必要ない」のです。それを証明する事が大切なんだ。戦争をしている人やほのめかしている人も被害者なんだ。そんな辛い選択をしなければいけない「必要性」を背負っているんだ。人を殺してしまう人も、盗んでしまう人も、いじめてしまう人も、そんな事をしなければいけない"可愛そうな人"なんです。そんな人たちをまるごと癒やす事ができたら、世界は一歩平和へ前進するんじゃないかなって、思っているのです。
そして、その為に私は私のできる事をしていきたい。そうやって、自分の活動を試行錯誤しながら今も続けています。その中で、共感してくれる人が少しずつ少しずつ集まってきて、活動も一歩一歩進む事ができている時、私の心はふるふるし、他に何も必要ではないと思えるのです。数時間後、数日後にはまた仕事や現実に追われてまたいろいろ「必要」になってしまぃすが、その瞬間だけは、あの泉が溢れ出した時は紛れもなく「何も必要ではない時」なのです。そんな時間をこれからも増やしていきたい。

もしかしたら人生とは、必要なものを一つ一つ外していく修行なのかもしれませんね。