少し暇だから、ドライブでもと出かけた。

 いつもは北の方へ行くのだけど、今日は南の方へ出かけた。いわゆる西条市、でも以前は東予市、もっと以前は三芳町だったところ。

瀬戸内東予国民休暇村から眺める毛ぢ期は雄大。いつ来ても気持ちがいい…はずだったが、南の海や山はガスってて見晴らしが悪い。仕方がないので西側の山、笠松山とその隣の世田山を眺める。矢印の短い方が世田山。 

せめて海をと思って海岸を写してみた。57年前に親しんだ海岸。遠浅でアサリやマテ貝を掘って遊んだところ。その先に干拓地の堤防が見えた。そうそうあの干拓の堤防が出来上がったころにこの地域で2年間仕事をしたんだ…思いだした。

干拓地がどうなっているか行ってみようと夫を誘った。

干拓地はどうなっていたか?

 57年前は工場を誘致して町を豊かにするはずだった。ところがその後の石油ショックで誘致ができず、その後のリーマンショックがあってどの企業も来なかったらしい。わたしはその後今治を離れたので詳しくは知らなかった。…これは間違いだった。昭和23年からこの干拓事業は始まったそうだ。だから工場誘致など関係なく、純粋に土地を広げるための事業だった。干拓事業は時間がかかるもの。いつから始めたんだろうと調べてみて浅はかな考えだったと気付いた・・・・

 帰郷してはじめてこの地を踏む。

 干拓地(楠河干拓地、三好海岸の表示があった)の堤防を車で走った。かっての夢の跡は広い広いキャベツ畑、スポーツ施設、野球場、そして漁港。それを過ぎると鶏舎、鳥インフルエンザで殺処分している人たちが見えた。そして耕作放棄をしている空き地、果物の木がぼうぼうの草の中に立っていた。海岸沿いを数キロ走った人も車も行き交わない。1000メートル走の練習ができるよと思った。

 道が狭いのでどこまで行けるか心配で写真を撮るどころではなかった。

 そして抜け出たところが大明神川の河口。大明神川は天井川。

 水が流れていない!

 もう少し下流、海に近い所には、水が流れていた。

 今まで中流付近の川しか見ていなかったので驚いた。水が流れている!と。河口は砂でいっぱい。広い範囲に砂が溜まっている。広がる海は燧灘。ガスってて見えないけど。

 見える島は私が毎日見ている平地島。

 帰りは196号線を通って帰ったが、家に着くまでずっと考えていた。

57年前にできた干拓地、巨額の国費を投じたであろうが、その当時の人はこんなになるとは考えていなかっただろう。荒れ野のままで放置されている広大な農地。これからでも、有効利用はできないものか。むなしい思いがした。