55歳でサラリーマンを退職した理由の8つ目...後からの思い出しで恐縮ですが、経済面もお話しておいた方が良いかなぁと。住宅ローンを完済していたことも大きいです。

 

持ち家に関して筆者には、「新婚時から絶対に、自分で建てた戸建ての家に住む」という強い拘りがありました。両親(特に母親)からの教育の影響です。ここでは、持ち家の経緯を話したいと思います。

 

筆者は某民間企業に入社した1991(平成3)年から、実は住居探しを始めました※。当初は集合・戸建て関わらず、持ち家できないかなぁと思っておりました。ですがこの時はバブル絶頂期、地価も最高値を記録していた時期なので、新卒の給料で手を出せる物件はありません。

 

※当時、入社した某民間企業の同じ部の先輩(違う課の課長さん)で、入社早々住宅を購入した人が居た。その人から住宅を購入した経緯を色々と聞き出し、「よし、オレも早いうちから家を持とう」と決意した経緯があります。

 

1992(平成4)年くらいからでしょうか、バブル崩壊に伴い地価も下がり始めました。当時若年の筆者にも多少チャンスが出てきましたが、それでも安月給で手を出せる物件は多くありません。

 

そこで筆者は、作戦を立てました・・・「狙いを戸建てに絞り、最初に土地だけ購入、新婚時に上物(家屋)を建てよう」と。また、求める土地の条件は「駅から徒歩10分以内、70坪以上、3千万円以内」。

 

ですがこの条件はハードルが高く、都内は絶望的。川崎・横浜でもムリムリ。ましてや、東京都近郊の千葉県(筆者の実家のある所)でも、厳しい条件。

 

今から思えば条件を緩めれば良いのに(特に面積はね...別に20坪でも30坪でも良かった)生来の頑固さが邪魔をし、土地の求める条件にはめちゃくちゃ拘った。必然的に地域的には、常磐線沿線の利根川以北に限られてしまいました。

 

そしてバブルの影響も色濃く残っていた1993(平成5)年、条件に近似する場所を探り当てた・・・「駅から徒歩15分、66坪、総額3,300万円」。

 

それぞれ多少目標からは下回るが、「多分これ以上の出物はない」と判断し、その土地を購入したのでした...筆者、弱冠25歳での決断でした。

 

当然、多額のローンを背負います。25歳にして住宅ローン生活のスタートです。しかも鬼のように、繰上げ返済をしまくった。当時はボーナスなんか、殆ど繰上げ返済に充てたと思います。当時の若者が憧れるクルマなんざ、二の次、三の次。

 

そして時は経ち、ミレニアム・イヤーの2000(平成12)年。筆者はかねてからお付き合いしていた女性と、結婚することになります。当然、当初から持ち続けていた「新婚時から自分の建てた戸建ての家に住む」目標を、実行に移します。

 

ただでさえ土地購入で多額のローンを背負っていた上、家屋にかかる資金も必要です。当然、クルマを買う余裕なんかありません。当時、家内が乗っていた軽自動車を、嫁入り道具代わりに持ってきてもらいました。

 

そして、2000(平成12)年の秋、家内との結婚と同時に、新築の家に住むことになりました。住宅ローンの額も、さらに膨れ上がりました。

   

家を建てる様子。当時は呪文のように「家を建てるんだ」と、取り憑かれておりました。

 

新婚から10年弱は、生活費を総額20万円/月ほどに抑えました。家計は当時「ローン完済まで」を条件に、筆者が管理させてもらいました。家内に渡す金額は、月20万円のみ。残りの金額は全て、住宅ローンの繰上げ返済に充てました。

 

この時の話は今でも、家内からぼやき半分に言われます・・・「当時は兎に角、二言目には『借金を返す』だった」と。

 

こうした身を切る努力が実り2008(平成20)年頃、土地のローンも、住宅のローンも、完済しました。筆者が齢40の頃です。住宅ローンが完済できると、あとはラクです(特に精神的に)。子供の教育資金も、老後資金も、ほぼ思い通りに用意できました。

 

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今になって思うのですが、持ち家か賃貸かという論争・・・絶対に持ち家にすべきです。持ち家は、ローン返済後も修繕・リフォーム資金が必要にはなりますが、毎月固定で支払う費用がないので、精神的には圧倒的にラクです。

 

賃貸は引越しが容易で、色々な場所に住める利点がありますが、家賃を負担する経済的・精神的な負担は相当なものです。筆者が賃貸暮らしだったら、多分55歳での退職は決断できなかったと思います。