ショパンのエチュードでもとりわけ有名なナンバー、「別れの曲」(Op.10-3)。叙情的な曲調に支配されるが、中間部で曲調が一転するなど、弾きこなすのに高度な技術が要求される。


このところ、ショパンのエチュードをネタにブログを書いているが…今日はOp.10-3、そう、あの有名な「別れの曲」を採り上げたい。先ずは別れの曲(ショパン)を、聴いてみることにしよう。


さて、この有名な「別れの曲」がジャズピアノにどう応用できるか、幾つかポイントを述べてみたい。

1. ホ長調(Eメジャー)の曲であること
 
「別れの曲」のキーは#系のEメジャーであり、ジャズに携わる人にとっては鬼門である。ジャズではあまり見かけないキーだからだ。ジャズではトランペットやサックスなど、管楽器奏者と演奏する機会が多いが、これら管楽器のキーは大抵♭である(例:トランペットやテナーサックスはB♭、アルトサックスはE♭など)。従って彼ら管楽器奏者は、#系のキーを苦手にすることが多い(注1)。
 
これに起因するのかは不明だが、ジャズ・スタンダードのオリジナル・キーは大抵♭キーである。Eメジャー、Aメジャーなどの#系のキーには、滅多にお目にかからない。このためジャズピアニストなども必然的に♭系のキーで弾くことが多くなり、#系キーに対する苦手感が醸成されがちだ。
 
ところが最近のジャズの現場では、60年代以降のソウル・ポップスなどを演奏する機会も多い。この時代の曲では、遠慮なくAやEなどの#キーも頻繁に登場する。こうしたポップスを弾こうとするときにピアニストが#系のキーを尻込みしていたら、声をかけられる機会を大きく損ねるであろう。


従って、#系のキーにも慣れておきたい。これが、「別れの曲」を弾く意義の一つになる。でも#系キーの克服だけなら、ジャズピアニストだったらall of meをEメジャーで何万回も繰り返し弾いた方が良い。
 
(注1)一流の管楽器奏者は、#系のキーもバリバリ吹きこなす。Sadao Watanabe - California Shower (1978)を聴くべし。キーが#系のAメジャーであるが、ナベサダさんはキーなんか関係ないと言わんばかりに、気持ち良くバリバリ吹きまくっている。
 
ジャズピアニストがディミニッシュ系のコードが得意でないのは大問題だが、どうも筆者はディミニッシュ系コードをそう捉えない頭の構造のようだ。例えば、ド#ミソシ♭と和音を押さえた場合。
 
普通ならC#ディミニッシュと捉えるが、筆者はA7♭9 on C#と解釈してしまうのだ。何が起こるかというと、ディミニッシュ系コードを把握するスピードが遅い。把握するスピードが遅いと、指先に指令するスピードも落ち、上手くは弾けない。従って、ディミニッシュ系コードを克服しておきたい。

「別れの曲」では中間部に2回、冒頭の動画では2分21秒〜2分28秒、2分39秒〜2分50秒ディミニッシュ・コードが登場する(注2)。不安定そうな、不協和音っぽくも聴こえるサウンドである。このパートは、凄く難易度が高い。だけどこの難しさを少しでも克服できたら、ディミニッシュ・コードも少し使えるようになると思う。ディミニッシュ・コードの克服という観点から、「別れの曲」を練習する意義は高いと思うのだ。
 
(注2)ショパンは「別れの曲」に限らず、作曲でディミニッシュ・コードを多用したようだ。
 
3.ダイナミクスの練習
 
「別れの曲」は、2に記載したディミニッシュ系コードが連続する箇所を除けば、運指を速く(あるいは難しく)動かしたりすることはない曲である。冒頭の動画でも、ショパンは作曲後に指定テンポを落として、叙情的な曲調に変えたと解説されている(筆者はこの動画を見て、このことを初めて知った)。

叙情的な曲調になるということは、ダイナミクス(音の強弱や音色の優しさ)の表現に、より多くの気遣いと技術を要求されることになる。ジャズピアニストの観点では、シンガーのバッキングをするときに参考にしたい弾き方である。シンガーのバッキングのとき、歌が引立つように優しく包み込む音色を弾きたい。「別れの曲」では冒頭紹介した動画の5秒〜1分16秒の内声部(注3)が、このための非常に良い練習になるのだ。
 
(注3)実はこの部分ではもう一つ、右手だけでトップのメロディだけを強調させ、内声部を弱く優しい音色で弾く技術が要求される。このためのテクニックは、もの凄く難しい(普通に練習しても、トップのメロディと内声部が同じ強さ・音色になってしまい、違いを浮き立たせられない)。

「別れの曲」も、ジャズピアノに役立つ理由を幾つか挙げられた。名曲は色々なファクターや魅力を持っていることに、改めて気付かされる。ショパン…素晴らしい作曲家である。