　先日、「あげまき」ということばのアクセントについて聞かれました。私が「あげまき」と聞いて真っ先に思い浮かぶのは「揚巻」と書く人名です。『助六』という歌舞伎の演目に出てくる花魁の名前です。アクセントは「アゲ＼マキ」です。歌舞伎のセリフではそのアクセントでしか言いませんし、ほかのアクセントは思い浮かびません。今回、私が聞かれたのは、歌舞伎の登場人物の「揚巻」とのことだったので、迷わずに「アゲ＼マキ」で答えました。

さて、「あげまき」はほかにいくつかの意味があります。文学部出身だと、「総角」の表記で、『源氏物語』の宇治十帖のひとつを思い浮かべる人もいるかもしれません。

　このほか、辞書をひくと、古代の男児の髪型、明治時代の女性の髪型、ひもの結び方などの意味が示されています。前に述べたように、歌舞伎の「揚巻」について、私は迷わず「アゲ＼マキ」と答えてしまいましたが、念のためアクセントが示されている辞書を調べてみました。アクセントはどの意味でも各辞書、「総角」あるいは「揚巻」と書く語については「アゲ＼マキ」です。ただし、『NHK日本語発音アクセント新辞典』では平板が掲載されています。『新明解国語辞典』は平板型と中高（アゲ＼マキ）が示されています。『ＮＨＫ日本語発音アクセント新辞典』は2016年に発行されましたが、それ以前に出されていたＮＨＫのアクセント辞典には「揚巻」の掲載はありません。今回初めて掲載されたようです。

　『ＮＨＫ日本語発音アクセント新辞典』に平板型だけが示されているのは問題があります。このことばは新しい語ではありません。いずれの意味も、伝統的に使われてきた語であり、ふだんの生活の中でよく使われるわけではありません。そうした語を新たに掲載するのに、新しいアクセントだけを示すのは、不親切です。

　たとえ、調査などをして平板型が多いとしても、伝統的なアクセントも踏まえて、「伝統的にはアゲ＼マキ、新しくはアゲマキ￣とも」などの書き方が適していそうです。

　もし、このアクセント辞典を使って、歌舞伎の揚巻を「アゲマキ￣」などと読めば、知識がない、ものを知らないと判断されてしまいます。放送でも使われる辞典であり、語によって、もう少し慎重に検討したほうがいいように思います。

　ところで、「あげまき」ということばを調べると、古代の男児の髪型の場合、指す髪型が辞書によって異なることがわかりました。『大辞林』は「総角」は「角髪」とも言うとあります。「みずら」という語をみると「角髪」の表記が示されています。

　　古代の少年の髪形。頭髪を中央から二分し、耳の上で輪の形に束ね、二本の角のように結ったもの。また、その髪形の少年。角髪。

　Wikipediaの情報を根拠にはしませんが、ヒントとして示すと、「みずら」は「あげまき」とも言うと書かれており、「みずら」＝「あげまき」となっています。『大辞林』の意味も、Wikipediaのとおりのように見えますが、「総角」の語釈にある「角髪」には「つのがみ」というルビが打たれています。これは「みずら」の意味の表記とは違うということを指しているのではないかと思います。

　『日本国語大辞典』には「みずら」との違いがはっきり書かれています（「みづら」とありますが、旧かなづかいです。現代かなづかいでは「みずら」です）。

　　上代の幼童の髪の結い方の名。髪を中央から左右に分け、両耳の上に巻いて輪をつくり、

　　角のように突き出したもの。成人男子の「みづら」と似ているが、「みづら」は耳のあたりに垂

　　らしたもの。中国の髪形「総角（そうかく）」がとり入れられたものか。

　『大辞泉』には絵が示されています。

　『日国』『大辞林』もこの髪型を指しているようです。

　国語辞典によっては、「総角」が指す髪型が異なるものがあります。『新選国語辞典』にも絵が示されていますが、その絵は、２つのお団子ヘアーです。

　『中韓日における総角文化』（金泰虎・2018）という論文によると、「総角」は２つのお団子ヘアーのことだとされています。中国、韓国の用例を調べ、日本でも同様であるという結論です。さて、どうなのでしょう。

　「あげまき」の結び方は、下にしめしたようなものです。輪がポイントになっています。

　そう考えると、お団子ヘアーとは形が異なります。中国、韓国での「総角」の髪型と日本の「総角」とが異なるのではないでしょうか。

　国語辞典によっても、解釈が異なる髪型です。結論は出ていません。今後、資料を探したいと思います。

　なお、文中の引用文に「髪形」の表記が使われています。「髪形」と「髪型」とでゆれがある表記です。これについては、別記事で検討したいと思います。

【ことばについて考える】「あげまき」ってなんでしょう？