「私の好みで、日本アルプスで好きな山は北では鹿島槍、南では仙丈である。何よりその姿がよい。単純なピラミッドでもなければ鈍重な容量でもない。その姿に軽薄や遅鈍のないところが好きなのである。スッキリとして品がある。ちょっと見ては気づかないが、しばしば眺めているうちに、次第にそのよさがわかってくるといった山である。」
—『日本百名山(新潮文庫)』深田 久弥著 より



僕はまだ一度登っただけであり、本当の意味でこの山の良さを理解しきれていないかもしれないが、少なくとも大好きな山となったことは間違いない。



森林限界に達してからの稜線の絶景。その稜線を自分の脚でピークを目指して前に進む。本当に気持ちの良い山歩きであった。



その仙丈ヶ岳から見える最も存在感のある山は甲斐駒ヶ岳だろう。まだ登ったことはないが、僕は甲斐駒ヶ岳が大好きだ。ミーハーな面もあるかもしれないが、あのカッコ良すぎる山容に盛り上がらずにはいられない。



だからこそ甲斐駒ヶ岳は何となく敷居の高さがあるし、どうせ登るなら、北沢峠からではなく黒戸尾根から登ってみたいという妙なこだわりまで生まれてしまっている。



それに対して今回登った仙丈ヶ岳。甲斐駒ヶ岳の「貴公子」に対して、こちらは「女王」である。北アルプスでは燕岳が女王と呼ばれているが、いずれも女性的な丸みを帯びた山容から、そのような表現がなされているのだろう。



僕にとって敷居の高い甲斐駒ヶ岳に対して、仙丈ヶ岳は初めて南アルプスに入り込む僕を優しく迎えてくれるようなイメージがある。そんなこともあって、南アルプスデビューの舞台に仙丈ヶ岳を選んだのである。



危険箇所も少なく、天気が安定していれば、比較的安全に歩ける、それでいて3,000m峰。北沢峠までバスでアクセスすれば、気軽に日帰りで3,000m峰のピークを手中に収めることができてしまう。



鳳凰三山も入門向けと紹介されることが多いが、歩行距離などを考えると、むしろ仙丈ヶ岳の方が南アルプス入門にはちょうど良いのではないだろうか。もちろん北沢峠からのルートが大前提。



深田久弥も「私は年傾いてからよく古女房を連れて山へ行くが、仙丈岳もその一つであった。九月下旬、北沢の長衛小屋から登りについた。」と記している。



他にも西側にある柏木登山口から地蔵尾根を通って仙丈ヶ岳のピークを目指すルートがあるが、日帰りを前提とするにはハード過ぎる。南アルプスデビューの僕が謙虚に選択すべきは北沢峠からのルートである。



北沢峠の標高は2,030m。ここから樹林帯を歩いて2,519mの五合目まで到達すると、小仙丈ヶ岳と馬の背方面の分岐点となっている。今回は標高2,864m小仙丈ヶ岳を経由して仙丈ヶ岳のピークへ。森林限界となってからは気持ちの良い稜線歩きが続く。



仙丈ヶ岳のピークは3,033m。ピークを踏んだ後は、仙丈小屋方面へと下ると藪沢カールの美しい景色を下から望むことができる。その後は水の豊かな藪沢ルートで五合目の分岐点まで戻り、ここからは来た道を北沢峠まで引き返す。



距離にして9キロ、累計標高差1,100mほどの道のりだ。僕はスタスタと歩いてしまったが、標準コースタイムで7時間ちょっと。やや急な登りもあるが、全体的に岩場や鎖場などは少なめで、初心者向けのルートと位置付けることができる。



ちなみに、深田久弥の日本百名山では仙丈ヶ岳ではなく「仙丈岳」と表記されている。僕が下山後に購入した登山バッジも同様だ。



「仙丈」は山の高さを形容する「千丈」から来たのだろうと深田久弥も言っている。一丈が約3.03mなので、まさに3,033mとほぼピッタリだ。しかし「ヶ」の文字が入った経緯はよくわからない。今は「仙丈ヶ岳」という表記が一般的だと思うが、昔は「仙丈岳」と呼んでいたのだろうか。



ダラダラと書き連ねていたら、無駄に長い文章になってしまった。山行の記録はまた次回に譲ることとしたい。