このblogは基本的に筆者であるyamanobuのライフログという性格をもつわけだが、その主な興味・関心の対象はNPO managementにある。今日はNPOとは何か、について簡単に考察してみたい。

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とは言え、NPOを捉える視点は多種多様である。まずはごく一般的な(教科書的な)定義から。

インターネット百科事典のwikipediaには、「NPOとは、『Nonprofit Organization』又は『Not-for-Profit Organization』の略で、広義では非営利団体のこと。狭義では、非営利での社会貢献活動や慈善活動を行う市民団体のこと。」とある。
日本で知られている法人格としての「特定非営利活動法人(NPO法人)」は、特定非営利活動促進法によって内閣府や都道府県が認定する法人格であるが、もう少し幅広く捉えて、非営利での活動を行なう様々な法人格(社団法人、財団法人、社会福祉法人、学校法人、医療法人など)を指すことも可能だ。もっと言えば、法人格を持たない任意のボランティア団体や市民活動団体もNPOと呼ぶことができる。(僕は主として二つのNPOで活動しているが、ひとつは一般社団法人、もうひとつは任意団体だ。)

また学術的な観点から言えば、ジョンズ・ホプキンス大学国際比較研究プロジェクトにおける次の定義が良く知られている。
  にんじん(1)正式の組織(Formal Organization)であること
  にんじん(2)非政府組織であること(Non-Political)
  にんじん(3)利益を配分しないこと(Non-Profit Distributing)
  にんじん(4)自己統治(Self-Governing)
  にんじん(5)自発的であること(Voluntary)

ここで注目すべきは、「(3)利益を配分しないこと(Non-Profit Distributing)」だ。よく誤解されることであるが、NPOはその活動・事業を行なう中で、金銭的な利益をあげることを禁じられていない。むしろ、寄付金や助成金を得て事業を行ない、利益をあげ、職員に給与を支払っていかなければ、社会的ニーズを満たしミッションに適合した活動を自立的・持続的に展開していくことは非常に困難である。
営利法人(企業など)との違いは、事業によって得た利益(もうけ)の行き先である。株式会社の場合、利益は事業の出資者である株主に還元される。これを「利益の再分配」と呼ぶ。NPOが禁じているのは、この「利益の再分配」である。事業によって得た利益(もうけ)を、NPOにとっての一般的な出資者である寄付者や助成団体、あるいはその構成者である理事や社員に還元してはならない。その代わり、再びNPOの活動・事業の資金源とするルールとなっているのである。

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以上が、NPOの組織的な特徴。
しかし、NPOがその本質的な価値を発揮するのは、「社会変革の担い手」としての役割を演じる時である。そしてその根底にあるのは、社会的な課題を何とかしたい、と考える人々の「想い」なのだ。次回は、そうした本質に迫ってみたい。
福島に来て三ヶ月が過ぎた。四半期という節目にあたり、色々と思うところを書き記したいと思う。

福島のことを想うたびに感じる、身震いをするような感情。これをどう表現しようか。ここに来たことは単なる偶然ではなく、必然なのだと思う。何かに導かれるようにして、気がついたら、僕はここにいた。

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国際交流に明け暮れていた学生時代、「社会の黒子」になりたいと歩み出したコンサルタントのキャリア、そんなキャリアにどうしても違和感が拭えず思わず飛び込んだNPOマネジメントの世界、そしてあの日誓った一生をかけての恩返しと償い。
その全てが有機的に結びついて、ひとつとして無駄のないパズルのピースのようにピタリとはまって、今の自分を形作る。そんな化学反応のその先に、ここでの活動があった。

福島は変わる。ゆっくりと、しかし確実に。
いま取り組んでいる仕事は、震災復興などというノスタルジーではない。これは戦いなのだ。ここは、現代を生きる僕らにとっての戦場(いくさば)だ。
何かが変わることに対して、誰もが少なからず抵抗を持つ。その変化が良いものか悪いものかを判断できずに、ただただ怖いとさえ感じてしまう。しかし今、福島は変わらなければならない。さもなくば、震災以前の退屈な田舎町に戻るだけだ。そこには何の学びも教訓もない。ただ、悲惨な記憶が埋め込まれるだけなのだ。

典型的な会津人よろしく、頑固で誰よりも郷土愛が強い僕の言うことだから、不器用で何倍もバイアスがかかっているかもしれない。しかし、これだけは声を大にして言おう。今ここで変わらなければ、福島にはこの先何十年、いや何百年も価値を生み出す仕組みが構築されることはないだろう。

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まずは目の前の組織からだ。ここを変えることができなければ、いま直面している課題に打ち勝たなければ、東京で学んだことを活かして故郷のために・・・なんておこがましいことは、ちゃんちゃら可笑しくて口にできない。おとなしく東京に帰った方が故郷のためになる、とさえ思う。

そんな想いと決意を胸にした、夏の足音が忍び寄る朝。