日課の散歩はいまも続いております。
ここ数日暖かい風に吹かれ、ふと口ずさんでしまった曲があります。
1978年、尾崎亜美さんの春の予感です。
この曲を聴くと1980年、高校卒業前の一人旅、長崎のユースホステルで知り合った、大学生のお兄さんを思い出します。
やたらとこの曲を口ずさんでいました。
中央でお茶目なポーズをとっている人です。
ちなみに私は右側で大学生のノリについていけず、おどおどしながら同じポーズを真似ました。
学生運動とか、そういった類の人ではなかったのですが、平和について熱く語り、高校生の私には驚きながら大人の世界を見たような気になりました。
「君は長崎に原爆ドームがあるのを知っているか?」
「原爆ドームは広島でしょ?」
「浦上天主堂へ行ってみるといい、なにか感じるものがあるはずだ」
こんな会話をし、翌日浦上天主堂へ行ってみました。
原爆ドーム、あるにはあったのですが・・・
私の思っていたドームとは差がありすぎ、まるではりまや橋のようなガッカリ観光地へ行った気分でした。
なんだこんなものか・・・
平和の尊さを知らない高校生の感想です。
そんな思いをしながら長崎の街を歩いて突然出会ったのが↓これです。
原爆で吹き飛ばされて、片足だけ残っている鳥居です。
教会には縁は無かったのですが、神社には幼いころから縁があり、そのせいか原爆ドームでは何も感じなかった私が、その場で足を止めて震え上がりました。
本当に恐かったです。
これが原爆か・・・
私の意識が変わった瞬間でした。
その後東京へ戻ってから浦上天主堂のことを調べました。
上の部分が吹き飛ばされ、地中に突き刺さっていたのが長崎の原爆ドームです。
想像と違い、ただがっかりした自分が恥ずかしかったです。
それから数年経って浦上天主堂が、広島の原爆ドームよりも悲惨な姿であったことを知り、それを隠すかのように浦上天主堂が再建されたことも知りました。
再建の経緯には日本、アメリカの国の思惑、平和を求めて声を上げる人の存在、純粋な信仰心で再建を求めた人の声があったことを知り、その後の私の生き方に大きな影響をおよぼしました。
「浦上天主堂へ行ってみるといい、なにか感じるものがあるはずだ」
私の人生に大きな影響を残したお兄さん。
名前すら知らないお兄さんでしたが、この曲を口ずさんでいたことだけは覚えています。
散歩の途中、春風に吹かれて、ふと口ずさんだ曲で44年前の記憶が蘇りました。
日課の散歩も楽しいものです。