石岡の看板建築を初めて訪ねたのは2年前だった。まだ記憶も薄れてはいないのだが、事情があって再訪することになりました。
今ちょっと忙しくて時間が足りないので、詳細はこちら↓でお願いします。
【2026年4月17日】
前回の訪問時よりも進歩したことといえば、江戸東京たてもの園で移築保存された看板建築の数々を見学したこと、そして『看板建築 昭和の商店と暮らし』という本を一冊読んだことだ。あとはいろんな街で、今まで気にも止めなかった風景を見て「あれも看板建築だな」と思えるようになったことである。
丁子屋隣りの駐車場から通りへ飛び出すと、いつものように圧倒的な3棟並びの建築に目を奪われる。左から、十七屋履物店・久松商店。福島屋砂糖店である。これが中町通りの顔と言ってよいだろう。
今日はいろんな商店が店を開けた姿も見てみたい。そこで初めに大きく外回りして、教育委員会推奨の歴史散策コースをたどってみます。そして最後に商店街を行ったり来たりしてみよう。
最初に見上げた建物のすごさ! 側面はごく普通なのが判ります。
これで化粧品店なのです。
前回は曇り空だったが、今日はすばらしい天気に恵まれた。ファサードが青空に映える。
歩道にはマンホール。前回撮ったのと同じアングルだ。
早朝なので、店舗や事務所へ出勤する姿が多かった。
さっそく商店街を離れて、小さな神社などに寄りながら常陸国総社に参拝した。朝なので、砂を掃き清めていた。境内には大谷石の蔵が建っていた。
その界隈には古風な医院建築もある。これもマップに載っていた。
趣のある塀が続いています。
その先には石岡の陣屋門があった。
北へ進んで、若宮八幡宮。拝殿向拝の彫刻がすばらしい。
府中3丁目のセブンの隣りに、目を瞠るような煉瓦塀があった。マップには何も書いてないけれど、これはなんだろう。例によって調べてみると、米穀商の青柳新兵衛商店の遺構ということだ。相当広い敷地のようである。
西側の景観。
東側の景観、煉瓦蔵と土蔵の豪華な眺めである。
煉瓦塀の一画の北側に、常陸国分寺跡がある。大師堂には弘法大師がたくさん祀られていた。
表通りに出て見つけたのはすごい蔵だ。としか言いようがありません。
そして前回のように裏道小道を覗きながら行く。ここも建物自体は切妻屋根になっている。豪華西洋風は正面だけです。
このような登録有形文化財プレートが建物ごとに設置されている。
裏通りを南へ。
カラーマンホールを見つけた。
質素ながらも、味のある風情が漂っている。
大正浪漫的な建物を見つけた。
細かい意匠が、とてもおしゃれです。
裏道で南の外れまで来ると酒造がある。今日はお休み。
再び中町通りに出ます。とても広々としている。石岡というのは不思議な街だ。
以下、まち並み小景を列挙します。
そしてここまで戻ってきた。砂糖店の人が店を開け始めたようだ。せっかくなのでもう少し先まで往復してみます。
とても深い渋味のある建築です。
ここらで本日の石岡看板建築巡りは終わりとします。8kmくらい歩いたので、足も頭も疲れた。
一休みしたら、霞ヶ浦へ向かいます。
霞ヶ浦へ車で走っていくと、次の日曜日の霞ヶ浦マラソンの準備をやっていた。もう数十年前のことだが、私の初フルだった。ランナーズダイアリーに記した記録によると、15kmまでは快調で1000人以上追い抜いた。25kmを過ぎたら暑さとヒザの痛みで大幅ペースダウン。それで4時間33分というみじめな結果。自己ベストを出すまでには、あと数年かかった。
コハンに到着して、ここでマンホールカードをもらう。
コハンのテラスから霞ヶ浦に出てみた。ここの土手もコースになってるようだが、そんなこと覚えているわけもない。
とにかく大きい、海のようだ。
次は霞ヶ浦導水工事事務所経由で、霞ヶ浦河川事務所へ。2ヶ所でカードをもらった。
河川事務所の岸壁には不思議な形の工事船があった。
奥には水門が見えている。
湖畔の道は霞ヶ浦周回路でもある。通称カスイチ、距離は約130kmだ。マウンテンバイクでこれをやったのは、初フルよりも以前のことである。砂利道が長くて、お尻が痛くなったのを覚えている。こんな道の風情も、ありありと甦るのでした。
リンリンロード40kmの起点もすぐ近くだし、霞ヶ浦は疲れる思い出ばっかり。
今日だけは楽して車移動して、牛久市役所でこのカードをもらって帰りました。
〰️おわり〰️












































