駿河国で二日間は街道スポット歩きをしたので、三日目は趣向を変えてダムめぐりです。
天竜川、聞いただけでゾクゾクするような響きである。意外なことに源流は諏訪湖で、伊那谷を延々と流下して、激流となって駿河国を駆け下る。
その暴れ川に人間が楔の如く打ち込んだダム4つ。これらをじっくりと見ていきます。
【2026年4月23日】
水窪ダム
掛川市内の宿から車で走ること2時間で水窪町内へ入ってくる。飯田線水窪駅がある。
水窪は一般には馴染みが薄いけれど、南アルプス深南部の登山口でもある。学生時代にこの駅から二度登ったことがあるが、あまりにも遠い駅である。そんな水窪は私にとって懐かしすぎる場所の一つだ。
水窪ダムへの林道を上がっていくと突然谷間を横切る送水管に出会う。これは灰の沢水路橋で、水窪発電所へと導水していく。最後は落差200mを稼いで発電を行なっている。
延長5kmあまりの地下トンネルが、ここで一瞬顔を見せるのです。
こんな山奥のカーブに導水管が現れる。ここまで来ればダムまであと少しだ。
無事に水窪ダムに到着です。アルプスほどではないけれど、南ア深南部の深い山々に囲まれている。見渡す限り、緑の山々だ。河川は天竜川支流水窪川水系戸中川である。こんな場所ゆえ、管理所も無人となっている。ダムカードは下の町でもらう。
堤高105m・堤頂長258m、なお天竜川水系のダムは全てJ-POWERが管理している。
右手にポツンと取水口が見えている。後は山も湖水も緑一色だ。
天端を車で渡り切ると駐車場がある。すぐそばにはラジアルゲート(テンターゲート)2門が、静かに曲面を見せていた。本体はロックフィルダムで、何もかも自然に溶け込んでいる感じがする。
ここには誰もいない。
堤体を見下ろしても、全部はレンズに納まりきらない。
天端を来た方角へ歩いていくと、インクラインがあったがよく見えなかった。
水窪湖の奥に見えるのは、深南部の前衛の山だろう。
反対側からの堤体俯瞰。広大な自然のガレ場のように広がっている。コア部分には遮水壁があって、その土質材料は正面の尾根から削り取った。その他の岩石も反対側の山を削って採取した。自然の形を最小限に変えたということだ。
諸元はたくさん書かれている。
かなり細かく分離発注してます。
なんと、湖底に沈んだ集落もあったということだ。この絵には住民の名前や通学路も書かれている。この後は町に下ってダムカードを求めたけれど、指定場所の店は休業状態。歩いていたおばさんが「この先の体育館でもらえますよ」と教えてくれた。雨がひどくなってきた。
佐久間ダム
水窪から水窪川の出合まで大きく戻っていく。そして天竜川を少し遡ると佐久間ダムに到着した。まず先に佐久間電力館を見学して、予備知識を詰め込んでいこう。
J-POWER=電源開発(株)の、天竜川における発電事業です。213kmの流程に主要5ダムと、水力発電所9ヶ所がある。以前ランニングの仲間にここの社員がいたし、山仲間には国土交通省のダムの部署でネパールまで行ったやつもいた。もっといろいろ話を聞いとけばよかった。
建設工事中の写真にはたいへん興味深いものがある。
完成写真もいろいろ。
その中には周波数変換所という珍しいものもある。東西の50hzと60hzを相互に変換できる。いろんなことが考えられるものである。
本体工事中。
佐久間ダムの完成模型です。これから本物を見に行きます。
昭和31年完成当時の新聞記事。わずか3年の工期で完成したという。このダムの名は私も小学生の頃から知っていたと思う。
シールドマシン
ダムサイトへ行く前に、電力館の屋上から展望してみる。巨大さがわかります。
堤高155.5m・堤頂長293.5m、重力式コンクリートダム。ローラーゲート×5門。
建設時には天竜川の全水量を直径10mの2本のバイパストンネルで迂回させた。それが短工期で完成させるカギでもあった。
佐久間湖の面積は、水源の諏訪湖の面積の5倍もある。
副ダムもはるか下に見える。
取水口とダム本体の位置関係。
佐久間ダムのネームプレートが、なんだか面白い。
やっとダムサイトまで降りてきました。
さっき工事中の写真を見た取水口。色も形もおしゃれです。
インクラインと思われる。
さっそく天端を歩いていこう。
迫力の、見下ろしの景観。これで150mあまり。
ローラーゲートとシュートには足がすくむ。
取水口は2基が並んでいる。湛える水量は3億t以上もある。
佐久間湖は果ても知れぬほど細く長く続いている。
このへんで佐久間ダム探訪を終わりにします。
佐久間ダムから国道152を南へ戻っていく。その途中に一軒の食堂兼民宿がある。
2010年の8月に塩の道南信エリアを飯田市から御前崎まで家内と走破した。4泊5日で205kmの走り旅だった。その二日目にここに泊まったことをありありと覚えている。
建物全体が天竜川に向かってせり出して建っている。泊まったのは青屋根の小さく飛び出した部屋だった。とても印象的だったのは、窓から佐久間ダムの導水管が見えたこと。
これだ。
塩の道はずっと高い山腹を通っていて、この階段を下ってきた。水窪といいこの宿といい、あまりにも懐かしすぎるのです。
毎日35℃の暑さでしたわ。
後半へつづく












































