私の従業員がある高名なカイロプラクターのお話を聞いてカイロの哲学について質問してきました。

 私もカイロ大学入学時はよく先生から聞かされ、頭の片隅に今でも残っています。

 医学専門書は数多く出版されていますが、歴史や哲学について多くの章を使っているのはカイロの特性であり、大学においても各学年ごとに哲学の時間を割いているのは医学部の中でもまれです。

 カイロを語る場合、哲学、芸術性、そして科学を知らなければなりません。

 最近私を含め、背骨を矯正する際、音が鳴るかどうかが大きな焦点になっていて、従業員同志でも鳴ったねとか鳴らなかったねという会話を聞きます。

 1895年の9月の暑いある日にアメリカ・アイオワ州のダーヴェンポートの町でDDパーマーがハーベイ・リラードの背骨を治療したことからカイロがスタートしました。

 自然治癒力について立証不可能な観念的概念と、解剖学的構造と神経系に活動の関係を述べた立証可能な原理が存在します。

 人間が本来持っている自然治癒力が発揮されればどんな病気も治るはずですが、背骨が歪んでいれば神経が正しく働けないため機能しません。

 多くの患者さんが痛みを持って来院されますが、体がどのように歪んでいるかは当人達は分かりません。

 カイロが持つ神秘性の一つに背骨がキレイな人に健康な人が多いように、その間違いを正していくのも私達の大きな仕事の一つです。

 音が鳴ればいいというカイロの先生としっかりした哲学を持って治療にあたる先生には大きな隔たりがあります。

 そこのところを今一度考えてカイロの本質を求めていこうと思います。

 基本に返り、背骨を正す治療に力を注ぎたいです。