化粧の日本史ブログ by Yamamura

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昔の化粧から今の化粧まで、
化粧と社会、化粧と文化に関する
さまざまな話題をとりあげていきます。









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◆群馬県の農村地帯では、うどんのゆで汁で髪を洗っていました!

 

こんにちは、山村です!

 

前回はお歯黒に使われた五倍子粉(ふしのこ)

その代用品について書きました。

 

 

今回は江戸時代から明治・大正時代にかけて

使われた洗髪料「ふのり」の代用品について。


洗髪料の歴史をひもとくと、

江戸時代を代表する美容書

『都風俗化粧伝』(文化10年刊 1813)には、

洗髪料として、ふのりうどん粉

紹介されています。

 

洗髪方法は以下のとおり。

 

「ふのりを裂いて熱い湯につけておき、

箸で混ぜ、そこにうどん粉(小麦粉)を

入れてかき混ぜて、熱いうちに髪に擦りつけ、

よく揉むと髪についた油がことごとく取れる」

 

実際に、ふのりを使った洗髪料を作った過程を、

以下のブログで紹介しています。

 

 

しかし、美容書に書かれていたとはいえ、

全国的にみれば、

山間部の農村地帯などでは、

板ふのりが手に入らない地域もあったでしょうし、

そもそも、うどん粉は食べ物なので、

ムダ遣いできない家も多かったと思われます。

 

そうした人たちは、

洗髪にいったい何を使っていたのかはてなマーク

 

今回は、昭和・平成時代にまとめられた、

地方史の資料から調べてみました。

 

県史など地方の民俗資料の中には、

明治・大正時代生まれの女性を対象にした、

昔の暮らしについての聞き取り調査があり、

石鹸やシャンプー以前の洗髪料や、

洗髪方法を知ることができます。

 

それらの多くは、江戸時代から続いてきた、

伝統的なやり方を踏襲したもの

と思われます。

 

今回は、群馬県の伝統的洗髪料について、

紹介します。

 

おもしろいことに、

群馬県では海藻の「ふのり」よりも、

「うどんを茹でたあとのゆで汁で髪を洗った」

という答えが多くみうけられました。

 

美容書にあるように、うどん粉を湯に溶かすのではなく、

うどんのゆで汁を有効利用していたのですビックリマーク

これは、目からウロコでした爆  笑

 

もともと群馬県(上州)は、

江戸時代から小麦の栽培が盛ん。

桐生うどん、舘林うどん、水沢うどんなど、

地域ごとに異なる粉食文化があります。

 

米は換金したり年貢で供出するため、

二毛作で栽培した小麦で作ったうどんが、

農民たちの日常食になっていたのでしょう。


ちなみに現代の科学では、

小麦粉のデンプンに、

脂汚れを吸着する性質がある

ことがわかっています。

 

昔の人は、それを経験的に

知っていたのです。

 

まさに、先人の知恵あなどるべからず!!

 

うどんのゆで汁のほか、

「とうふを作った時の水でも

同じように髪や手ぬぐいを洗った」

というコメントもありました。

 

豆腐の原材料である大豆には、

天然の界面活性剤「サポニン」が含まれ、

豆腐を作る過程で煮汁が泡立ちます。

 

つまりこれも、髪の汚れを落すのに有効でした。

うどんや豆腐の煮汁を洗髪に利用することは、

貴重な水の節約にもなったのです。

 

ゆで汁のほか、

「山からとれる粘土が洗髪料になった」

と答えた人もいました。

具体的には、「高崎の根小屋の山からとれる

アライコで頭髪を洗った」

「明戸の山の粘土は、髪を洗うシャンプーになった」

などなど。

 

粘土のように、微細な粒子を持つ

吸着力の強い土で髪を洗うことにより、

頭皮の皮脂汚れを落としたのです。

 

現在のクレイ(泥)シャンプーの原型

みたいなものですが、

こちらも生活の知恵と言えるでしょう。

 

このように、群馬県だけでも、

さまざまな洗髪料が使われていたことがわかりました。

 

では他の地域はどうだったのかはてなマーク

 

なかなか調べるのが大変な作業なのですが、

次回は他の県の事例を紹介しようと思っていますビックリマーク

 

5月10日頃更新予定。