今日は長崎歴史博物館に出かけ、
「梅屋庄吉&孫文」の展示を見て
来ました。
当然、教科書に名前が載っている
孫文の方が有名な訳ですが、孫文
らの革命を資金的に援助していた
梅屋庄吉(別名は梅谷正人・
望南州・覇亭)に関しての 未公開
の資料が公開されたりしたので、
やはり地元びいきも手伝って梅屋
の方をメインに書いて行きます。
写メは、かなり楽しみにしていた
中国から寄贈された、梅屋夫妻と
孫文のブロンズ像です。
コレは撮影OKだろうと思いデジ
カメを準備し近くに行きました。
…この写メ以外に、シャッターを
切るコトはありませんでした…
たぶん、多くの人々を満足させる
素晴らしい銅像です。
ただ、山もっティは、日本では運慶・
快慶から高村光雲・光太郎父子、
海外では、ロダンやドガと言った
スゴすぎる彫刻を見てきており、
どうしても、物足りなさを感じて
しまうんです。
目がメタボ…じゃなくて目が肥え
て、肥満体になってしまっている
ようです(苦笑)
さて、梅屋庄吉について。
正直言うと、知らないコトの方が
多く、コレを機会に勉強しなきゃ
と言う感じです(笑)
梅屋の跡取りとして養子となった
ハズの庄吉ですが、もう何か暴れ
まくります(笑)
例えば、庄吉は中島川で溺れ死ん
だコトがあります(爆)
葬式の読経が済み、みんなで棺オケ
のフタに釘を打っている時に生き
返ったのだとか(笑)
周囲の反応がまた面白いです。
「庄吉の死体にネコの魂が入った
ごたっ(←みたいだ)!」と大騒ぎ
したとか(爆)
他にも笑える逸話が盛りだくさん
なのですが、香港や日本で孤児を
助ける活動(寄付など)が、孫文と
知り合うキッカケになります。
彼にとっては、孤児を救うのと、
孫文の革命を支援して中国を救う
のは、大して変わりないコトだっ
たような気がします。
坂本龍馬サンも、貿易で世界中に
行くために、日本を変えなきゃ、
と考えていたような気がします。
孤児を救いたい…、世界を相手に
貿易したい…多くの人々にとって
はどうでも良さそうな所が原点に
なって、最終的には国をひっくり
返してしまう点で、庄吉と龍馬は
似ている気がします。
今日の数時間ではとうてい把握し
きれない膨大な業績と人脈が有り
ました。
またあと1~2度は足を運ぶコト
になりそうです(笑)