「アカザのおひたしやごぼうの料理のような粗食で、毎日生活する者は、氷のように澄んだ心、玉のように汚れのない心を持った人が多い。
その反対に、きれいな服を着て、うまいものばかり食べている者は、媚へつらう者とだけしか付き合えず、自立する心を失い、自己に甘くなって、堕落してゆく。
志は、淡白な生活によってのみ磨かれ、その人間としての品位礼節は、贅沢な生活によって失われて行く。」
一、粗衣粗食
人間は、四〇歳を過ぎると心身ともに変化する。血糖値、コレステロール、中性脂肪、尿酸値、全てカロリー過多が原因で、やがては大病を患う。粗衣粗食が良い。
贅沢な生活食事は、免疫力を弱める。贅沢ができる経済力は、他人に依存しがちな生活となる。金銭的余剰は花街に通うことにも通ずる。最も、危険なのは、ウイルス、細菌、クラミジア、ヘルペスの類である。今のように、ゴムもなく、抗生剤、抗菌剤のない時代、性病や感染症汚染は、かなりなものであった。
そこで、健康を維持し、一廉になるために歌舞伎役者、相撲取りなど人気者は、女難に打ち勝たなければならなかった。師匠、親方は、見込みがある若者には、早期に妻帯させて、一穴主義に導いた。今も太宗変わりはない。だからこの境地が肝心なのである。
二、「清貧の思想」中野孝次参照
★人間にとっての最高の宝は、財産でも名声でも地位でもなく、死の免れがたいことを日々自覚して生きて、今あることを、楽しむだけである。
・日常生活に支障を来す貧窮、困窮、赤貧などとは異なる。
・清貧とは、単なる貧乏ではない。それは自らの思想と意思によって、積極的に作り出した簡素な生活の形態。
・地上の生の最も簡素なミニマムなものにすることによって、初めて宇宙の原理たるものに通ずる可能性が開かれる。
三、事例
・本阿弥光悦は、刀剣鑑定、書画、陶芸の名家。元々、三〇人以上の従業員のいる商家出身であったが、洛北に庵を結び、あえて飯炊き下僕の二人で生活。
・名著「ガバイばあちゃん」島田洋七著、小学校の先生に、昨日の夕食の献立を教室で聞かれ、「イセエビ」と答えた。先生が驚いて、家庭訪問にきて、一間しか無い粗末な家にビックリ。貧しい老婆と二人住まい。何でイセエビと聞くと、ばあちゃんは、洋七には、ザリガニをイセエビと呼ばしていることが判明。戦後の逞しさ。
・「起きて半畳、寝て一畳、いくら食っても二合半」三木武吉(自由民主党総裁代行)
・土光敏夫九十一歳没、全ての給与は、母親が創設した女学校、橘学園に毎月寄付した。石川島播磨の社長になっても、バス通勤をやめなかった。戦後一回も床屋に行ったことがなく、自宅で息子がバリカンで刈っていた。農作業用のズボンのベルトは、古いネクタイ。積極的貧乏、清貧に自らを誘う行動は強靭な心の証。
以上
佐賀のばあーちやん、はユーモラス
生きていくことは貧しいけれど楽しい
岸、鳩山、三木
実際の政治は三木武吉が動かす