9月5日
堕胎手術は、『自分が苦しむ姿を見せたいから』という彼女からの要望で、夫が付き添うことになりました。


苦しんでるところを見せたいだなんて…
どれだけ夫を苦しめれば気が済むのだろう…
気が済むことはないのかもしれないけど、もぅ本当に、夫をこれ以上苦しめないで欲しい…。


8時、彼女を迎えに行った30分後

『俺は…俺は…生きてる資格がない…』

と声を震わせながら自殺をほのめかす電話がかかってきました。
俺が生きてたってと混乱する夫に、ワナワナと苛立ちと焦りを感じながら

『あーーー!もぅ!慎さん!!
彼女は産みたい気持ちがあったんだから、堕したくないと言いだすのは想定内のこと。当たり前だよ!だからさ「そうだよね、ごめんね」って相槌うって聞いておけば良いんだよ。無理に今日手術しなくていいよ。帰ってきて!!
死ぬとかマジふざけんな!!』
と私。

夫は『…いや、もう俺ダメだ…』

後ろから彼女が
「お前がリセットだの再出発だの言うからだろ!」と喚いています。

夫は『だから!ケイはまだ若いし苦労を抱えなくても再出発できるって話をしてるんだよ!堕ろしたくないなら帰ろう!」と口喧嘩が始まります。

彼女「何が再出発だ、お前は奥さんがおるとやろ?捨てた子どものところに戻るとやろ?私は?私はひとりやんね!何も残らんやん!!」

私がため息をついていると、電話口に彼女が出ました。
彼女にも今日は手術はしなくていいから帰ってきてと伝えました。

彼女は淡々と
『いや、堕してきますよ、手術はすぐ終わります。彼も死なせませんから』と。
彼女曰く、自分が堕したくないことや、命の尊さを伝えたところ夫が混乱し始めたそうです。
『今から堕ろしてくるから安心してください』と彼女は言い、電話が切れました。



いやいや、本当は命の尊さなんて嘘でしょ。
死ぬ死ぬ言うてリストカットしたり飛び降りしようとしてるあなたが【命の尊さ】なんて言うな。

9月2日に『おまえは人殺しか、おまえも、おまえの家族も一生恨む、人殺し!!一生笑うな!』と喚いていたじゃない。私も聞いたよ。
そういうことを夫に言ったんだろ。
そういうことを、赤ちゃんの泣き声が響く産婦人科で、夫を人殺しと追い詰めながら言ったんだろ。



不安定な彼女には母親が付いてもらうことで夫の付き添いを承諾していたのに、母親は『彼にも苦しんでるところを見せないといけないと言ってますし、二人のけじめだから』と言って付き添いされていないようでした。
しかし不安定なのは彼女だけではありません。今は夫も不安定な状態です。
母親には病院に行ってもらうようお願いし、私は『絶対来るな、来たら手術は受けない』と元々言われていたので、二人から死角となる駐車場の車の中で待ちました。



この日は朝から雨が降っていました。




彼女の母親から電話を受け、2人は病院の中へ入り手術を受けたようでした。

朝一番での手術。手術が終わってから麻酔が切れて目が覚めるまでは病院です。
出てきたのは昼前でした。

夫は、駐車場で待つ彼女の母親に手術が終わったことを報告し、彼女を自分の車の助手席に乗せています。
遠くから見える夫の後ろ姿からは、死のうと考えているような雰囲気は感じられませんでした。
え?あれはパフォーマンスだったの?
と思ってしまうくらい。
彼女が雨に濡れないよう傘をさして介助する姿には頼もしささえ感じたくらいです。
少し、安心しました。

車は彼女の家へ向かいます。
私は気付かれないよう後を追い、彼女の家から少し離れたところに車を停めました。

数分後、夫から電話がありました。
『朝はごめんね。ちょっと混乱してしまった…本当にごめん。もうすぐ終わるから。俺は大丈夫だよ。病院の駐車場にリコちゃんが居たの、わかってたよ。心配かけてごめんね。これから水子供養に行きたいっていうから、それまで行ってくる。行かないと彼女の気が済まないから。リコちゃんは先に帰ってて。俺はもう大丈夫だから。』


手術をしている身体なのに…。
それでも行くと言い張る彼女。
「わかった」と電話を切り自宅へ帰りました。


供養に行って帰ってくるかと思っていたのですが、彼女の母親から電話があり、『私がいるとケイが怒り出すので私は仕事に行きます。あとは2人を信じます』と言われました。母親の帰りは17時半。


今は2人きり…

ものすごい不安感で、何だか泣けてきました。どうしよう、2人で自殺しないよね?大丈夫だよね?
そんなことばかり頭の中でグルグル考えてしまいます。
でも、ここまできて自殺するなんてないよね、自殺するなら堕胎しないでしょ。

自問自答しながら自分を落ち着かせます。
時間は全く過ぎていきません。

『…夕飯作ろ』

帰ってきたら美味しいチーズインハンバーグが出来てるよ。
温かいお風呂も準備しておこう。






悲しい…

悲しい…

悲しい…


ハンバーグをこねながら、悲しい気持ちになっていると、姑が来てくれました。

『リコちゃん。私も何だか具合が悪くなりそうでね。』

『ハンバーグを作ってるんですよ。何もしないで待ってても仕方ないから』

『リコちゃんがしっかりしたお嫁さんで良かった。リコちゃんがどうかなってしまったら、私達もどうしていいかわからないもの。リコちゃん、ずっとあなたはここに居ていいんだからね。本当に慎はバカよ。幸せすぎたのよ。』



そんなこと言ってくれて嬉しいけど、、、
違うよ お義母さん…私、しっかりなんかしてない…しっかりなんかしてないよ…
やめてよ…
泣かせてよ…
でも泣けないじゃん
私が潰れたら全部ダメになる…
そう思うともう少しだけ
踏ん張るしかないやん…
慎さんも泣いてる…
泣きたいのはこっちの方なのに…
泣かせてよ…


それでも、私を気遣って一緒にいてくれる姑の気持ちはありがたく、また気持ちも救われました。

『まだ帰ってこないの?』とLINEすると、夫からは『話してる。大丈夫だから』と連絡が届きました。
舅は心配して彼女の家の近くを見に行きます。すると彼女の家の前の駐車場、車の中で2人が話していると連絡が入りました。

今日が最後だからと、彼女の最後のお願いのために、夫は車の中でずっと話をしているようです。
母親が仕事から帰ってくるまで、彼女を1人にさせておくのは私も心配です。
とてもとても辛かったけど、夫には彼女についていてあげるようLINEをしました。


{580A1F8F-FDA5-4783-A260-E2774DCEB9C7}


長かった…。
夫の帰りを待つ時間の長さ。
辛かった。