波瑠:こんにちは~
大野:お!いらっしゃい

波瑠:うわ~すごい。アーティストって感じ。
大野:そんなでもないよ。まだ何もしてないし。


波瑠は大野のアトリエを訪れた。

アトリエと言っても倉庫だった。
前年、個展の為にアトリエがわりに事務所が一時的に借りてくれた倉庫を、大野は個人的にまた契約した。


波瑠:お邪魔しちゃってすみません。
大野:ううん。連絡くれて嬉しかったよ。


大きな画材が並んでいる。
波瑠は珍しそうにキョロキョロと辺りを見回している。


波瑠:これに絵を描くんですね。
大野:うん。でもまだ何を描くかも決めてないんだ。

波瑠:あ、大野さん、これ差し入れです。
大野:えっいいの?ありがとう。


来る途中のスーパーで買った飲み物や食料を大野に手渡す波瑠。


大野:後でさ、波瑠ちゃん一緒に食べようよ。
波瑠:そう言ってくれると思って、自分の食べたいもの買ってきました(笑)
大野:(笑)

波瑠:大野さん、私には構わず続けてくださいね。
大野:うん、でも、さっきから俺、ずっとうろうろしてるだけなんだ(笑)
波瑠:(笑)


絵の具や筆が無造作に置かれている。
いや、無造作に見えて、大野からすると定位置なのかもしれないなと、波瑠は思った


波瑠:大野さん
大野:ん?
波瑠:どうですか?お休みに入って、今の生活は。
大野:あぁ…


うつむく大野を見つめる波瑠


大野:なんかさ、未だに実感が沸いてないっていうか…
波瑠:(笑)

大野:なんていうんだろ…手続きや検査とかでちょくちょく事務所に行ったりしてるせいもあるんだろうけど…
波瑠:あ…今の時期はそうですよね。
大野:うん…それに、去年もコロナの関係で自宅にいた期間が長くあったしね。
波瑠:確かにそうですよね。私も去年はお休みと自粛期間の違いがよくわからなくなってましたから。
大野:あと、メンバーとは結構やり取りしてるからさ。かなり頻繁に(笑)
波瑠:ほんと、仲がいいですよね、嵐さんは。
大野:なんか前より仲良くなってる気がするよ。おじさんが気持ち悪いよね。
波瑠:そんなことないですよ。

大野:波瑠ちゃんは?この前までドラマやってたよね。相変わらず忙しいの?
波瑠:いえ、今は結構ゆっくりさせてもらってます。
大野:そうなんだ。よかったね。
波瑠:はい。お部屋のお掃除とか、ちょっとさぼってたんでちゃんとやらないとと思ってて(笑)


波瑠は大野に許可を取って他の部屋をのぞいた。

休憩する為のエリアなのだろう。簡素な流しに冷蔵庫と電子レンジなどが置いてある部屋もある。

大野はここで長い時間を過ごすのだろうか?

宿泊するまでの設備はないようだが、大野のことだから気持ちが入ってきたらこの場所に籠ることになるのかなと思った


波瑠:今度、何か作ってこようかな…


大野の元に戻る波瑠

大きなキャンバスを見つめ座ったまま動かない大野


波瑠:大野さん
大野:ん?
波瑠:もし、今書くものが決まってないんでしたら…
大野:うん
波瑠:私の絵を描いてもらえませんか?
大野:え?
波瑠:大作の前のウォーミングアップで(笑)
大野:あ…うん、いいよ。

波瑠:ほんとですか?!
大野:うん
波瑠:あ、あの、こう…立派なのじゃなくていいんです。鉛筆でデッサンみたいな感じで、画用紙とかにササッと描いてもらえたらって。
大野:そんなんでいいの?
波瑠:はい。全然いいです。

大野:そしたらさ、波瑠ちゃんの写真撮らせてくれる?
波瑠:えっ?今ですか?
大野:うん
波瑠:え~マスクしてるからメイク適当にしてきちゃった
大野:(笑)そのままで可愛いよ
波瑠:お世辞言っても何もでませんよ
大野:お世辞なんかじゃないよ(笑)じゃさ、波瑠ちゃんの気に入ってる写真、送ってくれる?
波瑠:いいんですか?
大野:うん、家で描けたら描いてみるからさ
波瑠:いつでもいいんです。急がないですから。
大野:うん。じゃ、後で送ってね。
波瑠:はい。


波瑠は自分のスマホに保存してある画像を指で流してみる。

自分の写真はインスタ用に撮ったものしかなかった。
う~ん、と唸る波瑠。


大野:気に入ったのなさそう?
波瑠:いえ…

波瑠:大野さん
大野:ん?
波瑠:大野さんの写真、撮ってもいいですか?
大野:俺の?
波瑠:私も、大野さんの絵、描いてみようかなと思って
大野:お~!ほんと?
波瑠:上手には描けないですけど…
大野:前になにかで見たけど、波瑠ちゃん、絵うまかったよね
波瑠:そんなことないんです。でも今は少し時間もあるし。
大野:そしたら俺もさ、後で写真送ってもいい?
波瑠:はい。お願いします。


大野はそのあとも筆には手をつけず、腕組みをして考え事をしたり、うろうろ歩いたりしていた。

波瑠はそんな大野に声をかけずにそっと見守っていた。


大野:波瑠ちゃん、ごめんね。
波瑠:何がですか?
大野:せっかく来てくれたのに、絵描いてるところ見せてあげられなくて
波瑠:そんなの気にしないでください。悩める巨匠の姿が見れるのも貴重ですから
大野:(笑)

波瑠:無理しないでくださいね
大野:え?
波瑠:時間はたくさんあるんですから
大野:うん…そうだね


大野は手元にスケッチブックを広げ、下絵のようなものを描いては消し、ばつをつけて次のページを開くを繰り返していた。
なかなか構想がまとまらないようだ。

夕方になるにつれてアトリエの空気がぐんと冷えてきた。


大野:波瑠ちゃん、あっちで休憩しようか
波瑠:あ、はい


流しのある部屋にはストーブがあった。
火をつけると暖かい空気が舞った


波瑠:あったかい…
大野:ごめんね。寒かったよね。
波瑠:大丈夫ですよ。
大野:波瑠ちゃんの差し入れ食べてもいい?
波瑠:はい。


アルコールとお茶、つまみ類や菓子をたくさん買ってきていた


大野:波瑠ちゃん何飲む?
波瑠:あ、私はお茶で。
大野:飲まないの?
波瑠:今日、車なんですよ。
大野:えっ?車なんだ?
波瑠:はい。


波瑠は実家に寄ってからここに来ていた。久しぶりに運転したいと思い、父親に聞いてみたところ快く車を貸してくれた。


波瑠:あ、そうだ。もしよかったら大野さん、帰り送りますよ。
大野:マジ?でも悪いよ。
波瑠:大野さんの家、ここからそんな遠くないですよね?
大野:そうだね。
波瑠:私はもう少ししたら帰ろうかと思ってるので、もし時間的によければ送りますから。遠慮しないでくださいね。
大野:じゃあ…お願いしてもいいかな。
波瑠:はい。
大野:俺…飲んじゃうけどいい?
波瑠:いいですよ(笑)


マスクをはずしアルコールに口をつける大野

少し間を空けて座り、菓子を口にする波瑠。


波瑠:大野さん、ババ抜きしません?
大野:ババ抜き?
波瑠:トランプ持ってきました
大野:やる気だなぁ
波瑠:次のBABA嵐の為に大野さんを攻略しておかないといけないので
大野:今から(笑)?
波瑠:そうです。いつ呼ばれてもいいように
大野:俺、ちょっと酔っ払ってきてるから、頭回んないかも
波瑠:今日は勝てる気がしてきました
大野:相当嫌なんだね。最弱王(笑)


カードを配りババ抜きを始めるふたり


波瑠:私、最近考えるんですけど
大野:何を?
波瑠:あのふたり…今頃どうしてるのかなって
大野:誰のこと?
波瑠:レイさんとミサさん
大野:あぁ…
波瑠:もう…結婚してますかね?
大野:してるんじゃない?あれから4年?もう5年近くなるよね
波瑠:ドラマが終わった時は同棲して1年経ってましたからね
大野:もう子供がいてもおかしくないか
波瑠:はい…なんか…ふと、そういうの、考えちゃうんです。ヒマなんですね、私
大野:(笑)


ふたりでやるババ抜きはどんどんカードが揃っていく


波瑠:子供が生まれても、ミサさんは仕事続けてそうだなとか思って
大野:そうだね。零治がそうするように勧めるんじゃないかな。「ミサさんの夢を応援する」って言って。
波瑠:私もそう思って。それでなんとなく、赤ちゃんをおんぶして会社に出勤するレイさんの姿が目に浮かんで
大野:(笑)わかる。スーツの上から赤ちゃんのおんぶ紐だっけ?前でばってんになってる姿がね
波瑠:そうです(笑)その姿で颯爽と車からおりる
大野:社長室にベビーベッドとか用意してそうだね
波瑠:そうですよね。赤ちゃんがグズったら舞子さんとふたりで大騒ぎしてそう。
大野:杉本さんがあやしたらすぐに泣き止んだりしてね
波瑠:ゴスケ状態ですね(笑)


手元のカードが揃う大野


大野:勝った!
波瑠:えっ?あ…


ババ1枚を手にしている波瑠


大野:波瑠ちゃん、次回も最弱王決定だね(笑)


小さな天窓から外が暗くなっているのが見える


大野:なんか眠くなってきたな
波瑠:お酒、そんなに飲んでないですよね?
大野:いや…なんか最近昼と夜が逆転しちゃっててさ。
波瑠:あんまり寝てないんですね
大野:うん
波瑠:大野さん、今日はもう帰りましょう。送ります。
大野:うん…ありがとう。


コインパーキングに停めていた車をアトリエの入り口の前に移動する波瑠


波瑠:大野さん、運転席の後ろに乗ってください
大野:後ろ?
波瑠:助手席だと…ちょっと怖いので…
大野:あ、そうか…


波瑠は撮られることを怖れていた


波瑠:大きめの膝掛けがありますから、大野さん、横になってていいですよ
大野:うん、ありがと


大野は帽子を深くかぶり、後部座席に乗り込む

大野から聞いた住所をカーナビにセットする波瑠


波瑠:渋滞してるかもしれないので、大野さん寝てていいですからね
大野:うん、でも大丈夫だよ
波瑠:事故だけは気をつけないと…


安全運転で波瑠の車は進む

かすかな揺れが心地よく、酔いの回っている大野はまどろんでいた


波瑠:大野さん
大野:ん?
波瑠:キャンプは行ってるんですか?
大野:あぁ…それが行けてないんだよね。緊急事態宣言が解除されてからじゃないと行けないね
波瑠:やっぱりそうなりますよね
大野:それにさ、俺、免許持ってないから現地にいくのがね。タクシーで行くのも、なんか違うかなと思って。
波瑠:あ、じゃあ今度私、運転しましょうか?
大野:えっ?いいの?
波瑠:はい。私もキャンプ連れてってほしいと思ってたので。
大野:じゃあさ、もし今度都合があったらさ、運転してくれる?後のことは全部俺が準備するから
波瑠:いいんですか?
大野:うん
波瑠:うわぁすごい楽しみです。早くコロナ収まってほしいです。
大野:ヒロシさんの山に行かせてもらうかもしれないから、人が全然いないとこだけどいい?
波瑠:その方がいいです。人がいる方が緊張しちゃいますから。


波瑠の予想通り、渋滞にはまった。なかなか前に進むことができない。


波瑠:大野さん、まだちょっと時間がかかりそうです


大野の反応がない


波瑠:大野さん?


ルームミラーで後部座席を確認する波瑠

大野が腕を組んだまま横に倒れた状態で眠っていた


波瑠:大野さん?寝ちゃってます?


大野から返事はなく、静かな寝息が聞こえてくる

ふふっと笑う波瑠


波瑠:大野さん、私…


波瑠は前を向いたまま小さな声でつぶやく




大野さんのことが
ずっと好きだったんです

たぶん
初めて会った時から


大野さん
気づいてましたよね

でも

気づかない振りを
してましたよね

だから
諦めてたんです


他の人に目を向けようとも思ったし

お仕事のことだけ考えようと頑張ったりもしたんです

でも
いつも心のどこかに
あなたがいて


もし

もしも

大野さんが嫌でなかったら

レイさんとミサさんのその後を

私と一緒に
続けてみませんか


泣いたり

笑ったり

怒ったり

当たり前じゃなくなった
この何気ない日常を

大野さんと一緒に歩いていきたい


あなたの笑顔が
私を笑顔にさせてくれるんです


私には
あなたが必要なんです




波瑠:な~んて…私…無理なことばっかり…


渋滞の波が動き始める

波瑠はアクセルをゆっくり踏み込み、ハンドルを握る指に力を込めた





カーナビから目的地周辺に到着したアナウンスが流れた。

車道の脇に大きなトラックが停まっていた。その後方に、隠れるように車を一時停車させる波瑠。


波瑠:大野さん


何度か大野に呼び掛ける波瑠


大野:ん…
波瑠:大野さんのお家の近くまできましたよ
大野:あ…ほんと?ごめん…寝ちゃって…


大野の道案内に従って、波瑠は大野の住むマンションの駐車場に入る


波瑠:今日はありがとうございました
大野:こちらこそ、送ってもらっちゃってごめんね。
波瑠:いえ。じゃ、後で画像送りますね。
大野:うん。俺も送るから。また連絡して。
波瑠:はい。


運転席に乗り込む波瑠。


波瑠:じゃ、大野さん、また。
大野:うん、気をつけてね。


エンジンをかける波瑠


大野:波瑠ちゃん
波瑠:はい?


運転席の窓ガラスを開ける波瑠


大野:これからさ、ふたりで続き、始めようか
波瑠:え…?
大野:世界一難しい恋は、まだ終わっていないから。


波瑠は驚きで言葉を失っていた

大野はそんな波瑠の頬を車の窓の外から両手で包みこみ、マスク越しに優しくキスをした






おわり