横山裕:おおちゃん!
大野:あ、おつかれ。
スタジオ収録の移動時間、横山とすれ違う大野。
横山:おおちゃん今、波瑠ちゃんとドラマやってるやん。
大野:うん
横山:どんな子?
大野:え?
横山:俺、次のドラマで一緒なんよ。
大野:へぇ…
横山:波瑠ちゃんが主役やねんけど(笑)
大野:(笑)
横山:どんなん?
大野:あぁ…いい子だよ
横山:ええ子て…ざっくりやなぁ
大野:(笑)
横山:明るい子とか、しゃべりやすい子とかあるやん
大野:あぁ…明るくてしゃべりやすい子だよ
横山:なんなんそれ?俺が言うたままやん
大野:(笑)
横山:現場でコミュニケーションとらなあかんから。
大野:そんな、構えなくても大丈夫な子だよ。
横山:そうなんや。
大野:よこ、意外と気を遣うタイプだもんな。
横山:そうなんよ。緊張しぃやねん。
大野:波瑠ちゃんも最初はそうかもしれないから、よこから話しかけてあげた方がいいかもね。
横山:そうなん?おおちゃんもそうしてたんや
大野:最初はね
横山:おおちゃんのタイプやねんな?
大野:は?
横山:波瑠ちゃん
大野:なんでそうなるんだよ
横山:いや、なんや、見た感じとか、めっちゃおおちゃんのドストライクやん?
大野:…そんなことないよ
横山:うははっ
大野:なに
横山:わかりやすっ。おおちゃん変わってへんなー。相葉ちゃんの言うてた通りや。
大野:いや、そういう目で見てないし。
横山:「違う」とは言わへんのやろ?
大野:…
横山:どんだけ正直やねん(笑)まぁまぁ。手ぇ出さへんから安心しとき。
大野:いや…
横山:ん?
大野:たぶん…波瑠ちゃんが相手にしないと思うよ(笑)
横山:おいっ(怒)
ふざけて振りかぶり、殴る振りをする横山をかわし、大野は笑いながらその場を後にする。
大野:そうか…もう次の仕事か…
大野も映画が決まっていた。波瑠とのドラマよりも前から準備が始まっている。クランクインも目前だった。
前日、大野と波瑠は深夜まで撮影だった。
別れた零治と美咲が再び交際をスタートさせるきっかけとなる場面だ。
ラブシーンというほどではないが、ふたりが抱き合うシーンがある。
普段はふざけて大野に話しかけてくる波瑠が、昨日は言葉少ななのが気になった。
撮影現場では波瑠と椅子を並べることが多い。
昨日もいつも通りだったが波瑠は空けていることが多かった。
何の気なしに大野は波瑠を探す
波瑠は監督と話していた。
手元のスマホに目を落とし、自分の出番を待つ大野。
隣に波瑠が戻ってきた気配を感じ顔を上げる。
大野:何かあったの?
波瑠:えっ?
大野:さっきから監督とずっと話してるね
波瑠:あ、ううん。そんな、何もないですよ。
大野:そう
波瑠は手に持っていた台本を開く
なんとなく沈んだ気配を感じる大野
大野:珍しいね
波瑠:え?
大野:波瑠ちゃんが台本見てるなんてさ。
波瑠:そうですか?
大野:うん。いつもは見てないよ。覚えてきてるんでしょ?
波瑠:あ…そうですね…
大野:さすがに今は時間なくなってきてる?
波瑠:そういう訳じゃないんですけど…
波瑠:ミサさんの気持ちがわからなくて。
大野:えっ?
波瑠:あ…ミサさんの心の動きとか、難しいなと思って。監督に聞いたり自分で考えたりしてるんです。
大野:そうなんだ…波瑠ちゃん、すごいな。
波瑠:そんなことないですよ。
大野:俺なんて、零治の言動はほとんど理解できないよ。ひどいこと言うもんね(笑)
波瑠:ほんと(笑)
大野:波瑠ちゃんがミサさんだったら、零治は有り?
波瑠:ないです(笑)
大野:(笑)
波瑠:端から見てる分には可愛らしいし楽しいでしょうけどね。
大野:だよね(笑)
波瑠:大野さんは…ミサさんは有りですか?
大野:俺?
波瑠:はい
大野:どうかな。考えたこともなかった。
波瑠:私…
大野:ん?
波瑠:私自身はミサさんに共通するところがあるなと思ってて
大野:そう?ミサさんって結構はっきりしてるよね。
波瑠:私も言っちゃうタイプなんですよ
大野:そう?そんな感じしないけど
波瑠:誰にでもではないんです
大野:あぁ…
波瑠:なんか違うな、と思っちゃうと、それに合わせられないというか
大野:それは俺もそうだよ
波瑠:そういう時の態度がきつく見られる事が多いですね
大野:誤解されやすいんだね
波瑠:あ…うん…そうですね…黙ってると怒ってるように見られたり。
大野:そうなんだ?そんな風に見えないけどね
波瑠:結局、相性なんでしょうね
大野:俺は、あまり付き合いのない人からは何考えてるかわからないってよく言われる
波瑠:そうですか?
大野:メンバーとか付き合いの長い人からは「わかりやすい」って言われるんだけど(笑)
波瑠:大野さんは黙ってると、何考えてるかわからないっていうより…
大野:…
波瑠:何も考えてないのかなとか
大野:(笑)
波瑠:眠いのかなとか
大野:バレてる…(笑)
波瑠:わかりやすいってことですね
大野:いい意味じゃないね(笑)
波瑠:(笑)失礼しました。
大野:波瑠ちゃんはさ…
波瑠:え?
大野:最初に会った時も思ったけど
波瑠:はい…
大野:なんか俺と似てるっていうか
波瑠:そうですか?(笑)
大野:嫌?(笑)
波瑠:どうでしょう(笑)
大野:なんていうか…必要以上に自分を良く見せようとしないっていうか
波瑠:あー
大野:「暗い」って言われちゃうとか言ってたもんね。
波瑠:はい(笑)愛想がないとか
大野:でもさ、俺もそういうタイプだから楽なんだよね。
波瑠:私も大野さんの前では頑張らなくても大丈夫な気がしてます
大野:波瑠ちゃんは頑張ってるよ
波瑠:あ、お仕事は頑張りますよ。そうじゃなくて、休憩時間とか、こういう待ち時間の時とか
大野:あぁ
波瑠:大野さんには、気を遣って喋らなきゃとかあまり思わないでいられるっていうか
大野:波瑠ちゃん、たまにぼんやりしたりしてるもんね
波瑠:はい(笑)すみません
大野:いや、俺の方がもっとぼーっとしてるし(笑)喋る時は喋るしね、今みたいに。
波瑠:そうですよね。
昼間は蒸し暑いくらいだったこの日も、深夜には時折少し肌寒い風が吹いた
肩をすくめる波瑠
真夏でも腹巻きをするくらい波瑠は極度な冷え性だ
大野:大丈夫?
羽織らずに傍らに置いたままにしていた自分のベンチコートを波瑠に差し出す大野
波瑠:あ、ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。
大野は立ちあがり、そのコートを波瑠の背中に羽織らせる
大野:風邪引いたら大変だからね
笑顔を波瑠に向ける大野
大野:飲み物もらってくるよ。
波瑠:あ、私が行きます。
立ちあがろうとする波瑠の肩に大野は静かに手を置く
大野:ついでだから。座ってていいよ。
波瑠:すみません…。
大野の背中を目で追う波瑠
大野が羽織らせてくれたコートの襟を引き寄せる。
微かに優しい匂いがした。
自分を包んでくれる気がした。
大野:お待たせしました
波瑠:すみません。
大野:温かいのにしたよ。紅茶。
波瑠:ありがとうございます。
カップを両手で持ち口に運ぶ波瑠
波瑠:おいしい…
大野:良かった
微笑み合うふたり
自分のカップのコーヒーをひと口口に含み、ネクタイを緩める大野。
何気ないその仕草にドキっとする波瑠。
大野は自覚していない。
前髪を払う指、首を傾ける仕草、遠くを見る眼差し…
時折、普段の優しい雰囲気から急に男性的な色気を醸し出す時がある。
波瑠の視線を感じる大野
大野:あ…
波瑠:…えっ?
少し焦り視線をそらす波瑠
大野:だめだね、俺。普段スーツ着慣れてないから、すぐ息苦しく感じちゃって。
座ったまま背筋を伸ばしネクタイを直す大野。
波瑠:あ…私、やりましょうか?
大野:えっ?
波瑠:少し…ネクタイ曲がってるみたいだから。
大野:あ…うん…
持っていたカップを脇に置いて、隣に座る大野の襟元に両手を伸ばす波瑠。
大野が少し顎を上げると綺麗な喉のラインが浮き彫りになる。
波瑠は少し緊張してネクタイを直す指に力が入る
急激に距離が近づいたように感じられ、ふたりは自然に黙りこむ。
波瑠:はい、直りました。
大野:ありがとう…。
波瑠:ばっちり、いい男ですよ
照れ隠しに少しおどける波瑠。
ぎこちなく笑う大野。
大野:あのさ…
波瑠:はい?
波瑠を見つめる大野
その時、離れた場所からスタッフがふたりに呼び掛ける。
大野:あ…
波瑠:大野さん?
大野:いや…行こうか
波瑠:あ…はい…
撮影は、帰り道で零治を見かけた美咲が後を追い、ふたりの想いが通じる場面。
最終話へ続くクライマックスのシーンだ。
零治が美咲に自分の想いを告げて、一歩ずつ美咲に近づいていく
今までなら踵を返して去っていくであろう美咲が、その場に立ち尽くしている
恐る恐る美咲を抱き寄せる零治
零治に身体を預ける美咲
何度となくカメラを止め、撮り直しを行う。
シーンは細切れのようになり、演者としては気持ちを繋げるのも一苦労だ。
それでも波瑠はその度に涙を流していた。赤くした瞳には綺麗な涙が溢れていた。
カットがかかっても、大野はそんな波瑠にかける言葉が見つからなかった。
今、波瑠は美咲なのだと思った。
波瑠の中で作り上げた美咲を、今日の撮影が完了するまで壊してはいけないと感じていた
監督から今日の撮り分のOKが出て解散となった。
波瑠:お疲れ様でした。
大野:今日は遅くなったね。大丈夫?
波瑠:はい。私は明日は朝が遅いですし。
大野:もう少しで終わりだからね。
波瑠:そうですね…
大野:波瑠ちゃん、やっぱりすごいね。
波瑠:何がですか?
大野:いや、さっきさ。さっきのシーン、ミサさんになりきってたね。
波瑠:…
大野:うまく声かけられなくてごめん。
波瑠:違いますよ
大野:えっ?
波瑠:私…ミサさんにはなれませんでした
大野:波瑠ちゃん…
波瑠は大野にお辞儀をして、マネージャーの待つ車へと向かった
大野に抱き寄せられて、波瑠は幸せだった
例えお芝居でも
大野の肩に頬を近づけた時、さっき大野が羽織らせてくれたコートと同じ優しい匂いがした
もうすぐ終わる
終わってしまう
このドラマが終わったら、もう今日のように言葉を交わすこともなくなるだろう
遠慮がちに波瑠の背中に添えられた、大野のその手のひらの温かさに心が揺さぶられ、波瑠は溢れる涙を止めることができないでいた