少し開いた唇から静かな寝息をたて、波瑠は穏やかな顔で自分の腕の中で眠っている。
今日は予定より早く仕事が終わった大野は波瑠を自宅に招き、夕食に手料理を振る舞った。
そしてそのまま波瑠を引き留めた。
翌日も仕事で朝が早い波瑠。
パジャマ代わりに大野の部屋着を身につけた波瑠を、大野はそのまま優しく抱きしめて眠らせた。
大野は波瑠を起こさないようにそろそろとベッドから抜け、リビングへと移動した。
部屋の灯りは点けないままソファに座り、間接照明で手元を照らす。
イヤホンを耳にあて、マネージャーに頼んで送ってもらった振付の動画を、大野はスマホで確認する。
翌日は午後から歌番組の収録が入っている。
しばらく踊っていない曲や、オリジナルの振りをアレンジしている曲もある為、大野は復習がてら確認していた。
大野は振付の現場では細かい振りを2~3割程度と全体の動きを把握するくらいで、あとは家で完璧にするタイプだ。
しばらくそうしていると、ふいに肩に手のひらの温もりを感じ振り返る大野。
心配そうな顔をした波瑠が立っていた。
大野は耳からイヤホンを外す。
波瑠:眠れないんですか?
大野:ごめん…起こしちゃったかな…
波瑠:ううん。ちょっと喉が渇いて…。目が覚めたら大野さんがいないから…
大野:ちょっと振付を確認したかっただけなんだ。なんでもないよ。
波瑠:そう…
波瑠はソファの背もたれ越しに大野の首に腕を伸ばして後ろから抱きつくようにする。
大野:波瑠ちゃん…
波瑠:…
大野:こっちにおいで
大野は波瑠をソファの自分の横に座るようにうながす
波瑠は大野の言う通りに隣に座り、横から大野の身体に腕を回して身体を寄せる。
波瑠:無理させてないですか?
大野:え?
波瑠:私がいるから…こうやって寝るはずの時間にお仕事して…
大野:そんなことないよ
大野は体勢を立て直し、波瑠と横向きで向かいあう。
大野:俺は…波瑠ちゃんがいてくれるから頑張れるんだよ。
波瑠:でも…
大野:今日はたまたまだよ。気にしないで。
波瑠:…
大野:ね?
大野は小さな子供をなだめるように波瑠の顔をのぞきこむ
波瑠はコクンとうなずく。
大野:ベッド戻ろうか。波瑠ちゃん朝早いから寝ないと。
波瑠は大野から身体を離すと立ちあがって寝室に向かい、ベッドから毛布を持ってソファに戻り大野の横に座る。
波瑠:大野さん、気になってるところがあるなら続けてください。私、そばにいてもいいですか?
大野:波瑠ちゃん…
波瑠:私、大野さんの隣で眠りたい。
大野:うん…
ソファでひとつの毛布にくるまるふたり。
大野:まぶしくない?
スマホの明るさを気にする大野。
波瑠:大丈夫。私、たぶんすぐ寝ちゃうから…
大野の肩に頬を寄せ、大野の身体にぴったりとしがみついたまま、あっと言う間に寝息を立てる波瑠。
大野はそんな波瑠を見て微笑む。
再度一通り動画で振付を確認する大野。
あとはリハーサルでなんとかなるだろうと思った。
ふいに自分を呼ぶ波瑠の声を耳元に感じる大野。
寝言のようだ。
波瑠はかすかに微笑んでいるように見える。
今、どんな夢をみているのだろう。
手元の照明の灯りを消すと一瞬で暗闇になった。
静けさに包まれ、この世の中に波瑠とふたりきりになったような感覚に陥る大野。
この腕の中にある波瑠の温もりだけが、信じられる唯一のものような気さえしてくる。
大野は静かに眠る波瑠の肩を抱き、優しく唇を重ねた。
自分はひとりで生きていく人間だと思っていた。
こんなに大切だと思える人が現れるとは思っていなかった。
大野:波瑠…君を愛してる…
大野のかすれた声が、この部屋を包む夜の闇に吸い込まれていった。