生きる命そのものに価値がある
今まで私は、色々なテーマにそって色々なお話をして参りました。「いじめ問題」、「経済状況」、「食品問題」
などを話してまいりました。これからも色々な事を語り皆さんにこのブログ内容をご理解頂けれる事を信じてこれからもアニメ研究者としてがんばって参りたい思います。早速本日のテーマから入りたいと思いますが、今回何故この「生きる命そのものに価値がる」
というテーマにしたかと言いますと今現在の若い人というのは自分の生きている命を今どの用に感じ取って生きているのだろうと時々少し気になることがあります。若い人の中では一回人を殺しても又どっかで再生してくるゲーム感覚で殺人やいじめを受けて亡くなる子供達がそう考えているのであればそれは大きな間違えでありそれに親より先に死ぬという事は果たして天国に行けるのでしょうか?私はそうは思いません。もし天国という世界があったとしても事故などで亡くなった子供や病気などで亡くなった子供たちは例外としても何で平気で人を殺したりいじめを受けたので直に死を選んでしまうのでしょうか?あるテレビドラマの台詞の一説にこのような台詞があったのでご紹介致します。「人間も動物も植物も皆が皆生きる権利があるんです。その生きる権利を除外することは決して出来ない」という台詞にあるように決して人間誰しも決して生まれて来なきゃ良かったなどと事は絶対にありません。もしそんな様な事を言っている人や友達が言ったら言ってあげて欲しい事が一つあるんです。それは、人間一度しかない人生なのだから一杯楽しんで、一杯友達を作って学生さんだった学生時代に思い切って色々な大人になって出来ない事をして欲しいと思います。人生一度だけだからこそ生きる命そのものに価値があるとは思いませんか?もう一度学生さんであれば自分が始めて小学校の門を親と来た時の事を思い出して始めて教室入ったときの事を思い出して下さい。初めて会うお友達が最初からあなたがたに果たして出会った頃からいじめして来たでしょうか?私はそうは思いません。
どうする、どうなる不二家の今後・・・
今テレビメディアなどでこのニュースを見ない日はいつになるのでしょうか?今月5日頃だった正確には覚えていないのですが、創業97年の伝統あるお菓子会社不二家が消費期限が切れて原料を使い不二家全体を休止しました。私は、このニュースで知ったのは毎週月曜日~金曜日に放送している
TBS系列のみのもんたの朝ッズバでこの報道を知りました。正直言いましてこのニュースを報道されているのを見ていると何だか情けなくて溜まりません。
私たち戦後生まれでありますが、この不二家の宣伝文句である「ミルキーはママの味」と言ったペコちゃん
現在のいじめの問題について考える
今現在何かと中学や高校などでこのいじめ問題というものが社会問題として取り上げられているが、何故
いじめ問題が今になって注目をあがるようになったのだろうかと疑問に思う。今現在いじめ問題について
各新聞記者や報道記者が取り上げるいじめ問題についていじめられている被害者と加害者と位置付けているのが実態であるが、私から言わせて頂くといじめをする人間も悪いと思うのだが、何故そこでいじめを受ける被害者も止めて欲しいと伝えていけば良いのに何故自殺という道を選ぶのか疑問に残る。私自身小学校や中学校や社会に出ていじめを受けて来た者からすると何故前にも「ありがとうの一言が」で話をしたかと思うが何故いじめなどを受けていながら自分で解決しようと思うのかそこが私は正直に言って分からない。どうしても友達にいじめを受けている事を相談出来なければ家族でもいいではないかと思うし、それにはっきりいって今いじめを受けて自殺をしている中学生に私から一言を言うとすると、自分が被害者と思わないでほしい。そしていじめを受けて自殺などはしないで欲しいと思う。自殺なんかしても誰も喜ばないし、それに残された人間が一番悲しんだから。今日本に限らず多くの国の人々が
白血病や色々な病気で苦しんでいる人や日本国内であれば、悪意のない子供たちが理解のない親たちに虐待や殺人事件を起して子供が犠牲にあっているこの世の中でこれから21世紀を生きる人たちが死ぬなんか言葉で片付けて欲しくない。これから社会に出る君たちがもっと大きな心をもって生きて欲しいと思います
