実家――といっても私の生家はすでに無く、
母が住んでいる賃貸マンションの話なのですが、
バリアフリーの施設かマンションに母を移すことになったので、
今のマンションを出る準備をはじめました。
実家の荷物の断捨離です。
これが、つらい!
実家には父の遺品を丸ごと運んできて、
そのまま置いてあるんです。
古い本棚のたてつけが悪くなっていて、
中途半端に開けた状態でガラス戸が動かなくなり、
そのまま20年放置された古い棚の中から、
いろいろな資料が出てきましたよ。
埃と闘いながら断捨離を断行してます。
帰省する毎に、父の遺品を「早く整理しよう!私がやる」といっても
「私がやるから触らないで!」と母が怒ってしまうんです。
兄がやろうとしても「私がやる!触わらないで!触るな!」と怒ってしまうので、
それで、うちの兄弟は、誰も部屋の荷物に手をつけずに、
母の好きにさせて、父の遺品をそのまま部屋に置いていました。
そうこうしてるうちに、父の遺品に囲まれて暮らす母は、
70歳を超え、80歳を超え、90歳になって、
段ボールの上げ下ろしや、出した場所から段ボールを元に戻すという作業が出来ない年齢になりました。
開かずの間にほとんどの荷物を入れてったのですが、
荷物の出しては戻し、出しては戻しをしている間に、
段ボール箱が、一部崩壊して、段ボールの雪崩が起きていて、えらい散らかりよう!
どうすんのこれ?!という状態になってました。
モノにまつわる記憶が人を幸福にする
母がいなくなった部屋で片づけをしていると、
父の遺品に囲まれながら母は父が隣にいるような気持ちで生きていた、
ということが、よくわかりました。
繭のように幸せな記憶に守られていたんですね。
だけど、私は断捨離をして、この部屋の荷物を減らして、
バリアフリーの部屋に母の荷物を運ぶというミッションがあるので、
心を鬼にして父の荷物の断捨離をはじめたんです。
一人でやってると、いたたまれない気持ちになります。
埃まみれになった父の道具や書類やメモ帳を手にとると
懐かしい気持ちにもなるのですが、
父が生前取り組んでいた取材の続きを(私が継がなきゃいけない!)という焦りも出てくるし、
父の全人生を回顧する物証を、警察官のようにいちいちチェックして、ほんとに辛くなります。
でも、今回こそは父の荷物を捨てなきゃいけない。
それで、自分でルールを決めて、(これは捨てる)(これは保留)(これは捨てない)というルールを作るんです。
どんどん捨てていくのですが、どうしても(これ捨てていいのかな)と悩むモノが出てくるんですね。
そうすると、「遺しておいてくれ」「それは捨なさい」という父の声が心の中で聞こえてくるんです。
父がなぜか私の傍にいて、一緒に断捨離を手伝ってくれるんですよ。
「お父さん、これ捨ててもいいよね」と私がつぶやくと
「そうだ。そうしなさい。捨てなさい」と父が私に返事をしてくれてる気がするんです。
それでどんどん作業をして、一山超えると、
「ごくろうさん!ありがとう!夏子!」と父が私をねぎらってくれてるような気がしてくるんです。
「頑張れ!頑張れ!いいから、もう、どんどん捨てなさい」と、他人事のように言うんです。
それで、一山超えて、そしたら私は自分へのご褒美を買いに部屋の外に出るんです。
道路に出て、自動販売機で冷たい飲み物を買って、ビーチで休憩します。
海って不思議ですよ。
この世とあの世の境界線なんだと思うんです。
解離した頭と心が一つに繋がって、
とてもリラックスした気分になるんです。
うちの目の前のビーチは戦前、父が子供のころから泳いでいた海で、晩年も「泳ぐぞ!」と泳いでた海なんです。
父は海の傍で生まれて、海の傍に生きて、海の傍で死んだんです。
父が泳いでた海に入って、泳ぐんです。
うつくしい海と青空や夕日を眺めて、心が洗われます。
海にプカプカ浮かんで、空をずっと眺めてると、時空から解放されるんです。
それで、また部屋に戻って、作業再開です。
判断に困ると、父がそばで「それも捨てなさい」と私に話かけてくるんです。
私の片づけを手伝ってくれてるような気分でいる、変な状態を、ふしぎと受け入れられる自分になってるんです。
とても不思議な感覚なのですが、父が、断捨離を導いてくれるんです。
それで気が付いたのが、母は父がこの部屋にいて、母や私たちを守りたくて、
守護霊みたいな感じで母の傍にいてくれた、
ずっと近くにいてくれるから、母はずっと元気で幸せだったんだなと気が付きました。
海の傍に住むと、そういう心の作用があるんですね。
父は会社を持っていて生業資金を借りて、仕事が軌道に乗って、
これからという時に志半ばで癌に倒れて死んだんです。
母は父が亡くなったあとも、ポジティブに明るく生きてきました。
断捨離しながら、傍にいるかもしれない父に向かって、片付けをしながら、
「お母さんをまだそっちに連れていかないでね。私にはお母さんが必要なんだから」と父にお願いをしました。