はじめに

先日、瀬川先生の出された、横歩取りの本を購入しました。(瀬川 晶司 (著)「横歩取りマップ 」 )

この本は、横歩取りに興味の無い方でも出来れば読んで頂きたいぐらいだと思います。

なぜなら、横歩取りは現在もプロ間で頻繁に採用される作戦ですが、素人目に見ると「何だかよくわからない、いつも同じ様な形ばっかり指している」みたいに感じて、折角のプロの工夫を面白く見られないおそれが有ります。

この本では、ちょっと前の変化(新山崎流以前)については、端折っていますが、特にごく最近の実戦で見られる形が何故指されているかの理解の助けになると思います。


本の構成としては、初めに△3三角戦法以外の横歩取りの存在を簡単に触れた後、内藤流から中原流、中座流への変遷、中座流対策の中から新山崎流が出現し、さらにその対抗策として松尾流△5二玉型の進化、そして青野流という風に解説されています。

しつこいですが、是非とも購入して読まれることをオススメします。プロの将棋がさらに面白く見られるようになると思います。


ついでに、あくまで個人的な意見ですが、将棋の戦法(戦型)に関する本は、(1)百科事典的に多くの変化を網羅する本、(2)歴史的な変遷を紹介する本、(3)実際に先手又は後手を持ってその戦型を指すための本、などが有ると思います。多くの定跡書は(3)で、所司先生は(1)、勝又先生は(2)の傾向が有るのかなと思っています。



内藤流△3三角戦法(いわゆる空中戦法)のルーツ~~内藤先生の著作から


まあ、瀬川先生の本には、いろいろと解説が有るのですが、他の本も含めて、現在の横歩取り△3三角型は内藤先生がルーツとされています。

その内藤先生はどうやってこの戦法を編み出したのでしょうか?


それは著書に書いてありました。1983年に出版された現代将棋講座の8巻「空中戦法」の初めの方に有ります。

以下同書からの引用(太字)を使って説明していきます。(9ページから10ページにかけての場所になります。)

(参考図)

(初手より▲7六歩△3四歩▲2六歩△8四歩▲2五歩△8五歩▲7八金△3二金▲2四歩△同歩▲同飛△8六歩▲同歩△同飛▲3四飛△3三角▲3六飛△8四飛▲2六飛△2四歩まで;参考図)


 参考図は『明治名家手合』の中に表れた局面です。今なら△2二銀と上がるところを△2四歩と打っています。以下△8八角成から△3三桂~△2五歩、そして△2四飛と回るひねり飛車的構想で指しています。現在の空中戦法も飛車をひねる味を多分にもっていますから、この明治時代の指し方が大きく変わっているとは思えません。

ただ私の感覚としては、ここで一歩(△2四歩)を使いたく有りません。

歩損をしていますから、たとえば▲7五歩から▲8六飛と回られ、△8二歩あるいは△8三歩と謝ると歩切れになってしまうのがいやです。

明治より以前、江戸時代にこういう指し方があったのかどうか、私は知りません。

△2四歩でなく△2二銀と上がる、現在と同形の指し方をした最初の棋士は故梶一郎八段で、従ってこれを梶式戦法と称したーーということを加藤治郎名誉九段から聞いたことが有ります。しかし、そのご一般に用いられることも殆ど無く、変則戦法の一種として存在するに止まっていました。

これが脚光を浴びるに至ったのは、昭和44年12月に行われた第15期棋聖戦第二曲に登場してからです。この時、先手の中原誠棋聖に対し、挑戦者である後手の私がこの戦法を採用しました。そしてその局に勝利を得、その後もこれを用いて勝ち、「空中戦法」が私に棋聖位をもたらすという結果になったのです。それ以来、空中戦法は内藤の代名詞のようになりました。因みに空中戦法の名称は、盤の中央で飛車・角・桂という飛び駒が主役となって飛び交うようにして戦うところから、加藤治郎名誉九段が名付けたものです。


以上、引用終わりです。

この記述から分かることは、
(1)内藤先生は参考図の形を「明治名家手合」という本で見た。
(2)江戸時代に同様の指し方が有るかは知らない。(昭和58年当時)
(3)△2四歩でなく△2二銀とする指し方は故梶一郎先生が指していた。
(4)△3三角型が注目されるようになったのは昭和44年に内藤先生が指してから。
という事です。

詳しくは後で述べますが、少しだけ補足すると、参考図の形が誰の対局で現れたかは記載が有りませんし、私も残念ながら明治名家手合という本はもっていません。そこで2ch5万局棋譜集で検索すると、明治時代の対局は1局のみ、1892年の小松定吉vs相川治三吉が出てきました。これが内藤先生の見られた対局かどうかはわかりません。



続 横歩取りは生きている ー上巻ー


横歩取りの歴史を調べるのなら、沢田多喜雄氏の「横歩取りは生きている」のシリーズをチェックしないわけにはいけません。

このシリーズは「横歩取りは生きている」、「続 横歩取りは生きている ー上巻ー」、「続 横歩取りは生きている ー下巻ー」の3冊からなります。

この本の空中戦法の項目は「続 横歩取りは生きている ー上巻ー」に有るのですが、そこを見ると、さらに詳しい情報が有ります。

この本からも引用してみます。(引用部太字)


先手が▲3四飛と横歩を取った時、後手が△3三角(A図)と上がる手は、これも大橋宗英の「平手相懸定跡集」第16章で説かれている。

(A図)

(初手より▲7六歩△3四歩▲2六歩△8四歩▲2五歩△8五歩▲7八金△3二金▲2四歩△同歩▲同飛△8六歩▲同歩△同飛▲3四飛△3三角まで;A図)

A図(△3三角)以下の指し手
▲3六飛△8四飛▲2六飛△2四歩▲8七歩△4二銀▲5八玉△8八角成▲同銀△3三桂▲7五歩△2五歩▲8六飛△8五歩▲6六飛△7二金▲3八金△2四飛▲2七歩△5二玉▲4八飛△6二銀(A1図)


「此の如くにて双方互角なり」と宗英は互角の結論を下している。

徳川時代の実戦譜には、この△3三角戦法が度々出現しているが、前著に引用しているので省略する。

明治以後の将棋界では△3三角戦法は全く姿を消していたが、昭和31年のB級順位戦で、梶一郎八段が加藤博二七段に用いて勝利を収めて以来、にわかに見直されて多くの棋士が採用するようになった。特に内藤九段が多用して絶妙の差しまわしを示し、現在では「内藤流空中戦法」と称されている。


以上、「続 横歩取りは生きている ー上巻ー」の198~200ページからの引用になります。


この記述から分かることは、
(1)大橋宗英の「平手相懸定跡集」には既に横歩取り△3三角型が解説されている。
(2)江戸時代の定跡は△3三角~△2四歩からひねり飛車にする指し方であった。
(3)江戸時代には△3三角型の実戦例が有るが、明治以降ほとんどなくなっていた。
(4)△3三角型が見直されるきっかけは梶一郎先生が採用してから。
(5)内藤先生が採用してから注目されるようになった。
ということです。


なお文章中に、「前著に引用しているので省略する。」と書いてありますが、これは、「横歩取りは生きている」の第三部、横歩取りの起源の中で、紹介されている棋譜の事の様です。著者が所持している古棋譜の中から紹介されています。将棋絶妙の中から寛政1790年の「伊藤寿三vs毛塚源助」の棋譜が載っていますが、上述の定跡書の手順とは少し違っています。

確認できるように、定跡手順及び棋譜を紹介しているページへのリンクを貼っておきます。
平手相掛かり定跡集16章
将棋絶妙「伊藤寿三vs毛塚源助」

因みに「横歩取りは生きている」の中で沢田氏は、「本局は△3三角戦法のルーツであろうか。」と書かれています。(実はさらに古い棋譜が有るので後述します。)



江戸の名人

最近Amazonのkindleで「江戸の名人」という電子書籍が出版されました。この本は2011年
から2012年まで将棋世界に連載された「江戸の名人」という記事を元に収録されたものだ走です。

私もこの本を購入して、読んでいたのですが、八世名人大橋宗桂の項目に横歩取り△3三角戦法の記載が有りました。

安永7年11月17日の「伊藤宗印vs大橋印寿」の棋譜です。江戸時代ではしばしば改名されているたり、父祖と同じ名前を襲名したりすることがあり、知らないと非常にわかりにくかったりします。ここでは、伊藤宗印は、伊藤家5代目の伊藤宗印で、大橋印寿は後の大橋本家9代目の大橋宗桂で、よく九代宗桂、九代大橋宗桂などと記載されます。

この棋譜についてもリンクを貼っておきます。
「伊藤宗印vs大橋印寿」
なお、この対局日を見て気づいた方もおられると思いますが、御城将棋の日です。ただこの対局はお好み対局であり、城中では指し掛けとなり翌日と月末の3日間かけて対局されたそうです。

そして、どうやらこの対局が現存する最古の、横歩取り△3三角戦法の実戦譜の様です。



まとめ


以上から横歩取り△3三角戦法は、
(1)ルーツとなる形は安永7年(1778年)には出現している。
(2)江戸期以降、△2四歩と打つ形が定跡で有った。
(3)△2四歩以降は角交換から△3三桂~△2五歩としてひねり飛車模様の作戦だった。
(4)江戸時代には何局か指されているが、明治以降廃れていた。
(5)△3三角戦法を再発見し△2二銀型を採用したのは故梶一郎八段であった。
(6)梶先生は昭和31年に指していたが、昭和44年以降に内藤先生が多様して注目された。
という流れになると思います。

ここから先は、内藤流~中原流~中座流と発展していく訳ですが、途中経過も面白そうですが、今回の記事はここまでとさせていただきます。


面白いなと、思ってくれたらよろしくお願いします。
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