日経ビジネスオンラインからの記事だ。元中国大使の宮本雄二が語っている。少し長いが引用する。最後に私の意見を。

5月20日、台湾の新総統に頼清徳(ライ・チンドォー)が就任した。今のところすべてが想定内で進んでいるように見える。頼清徳は、1月の総統選挙で当選して以来、蔡英文(ツァイ・インウェン)前総統の現状維持路線を引き継ぐことを明確にし、就任演説において、それを確認した。
米国や日本も、就任式への参加を前例の範囲内にとどめ、波風を立てないようにした。今回の米国の慎重な対応は、最近とみに強化されている米中対話の成果と見るべきだ。台湾問題が中国にとって持つ圧倒的重要性を、バイデン政権、そしてある程度は米議会も理解したということであろう。もちろん、軍事力を増大させる中国を前に、台湾に対する軍事面での協力を米国がスローダウンすることはあり得ない。しかし、新総統の就任という政治的な場においては、中国を過度に刺激しない方がよいと判断したのであろう。
頼清徳の総統就任演説に対する中国当局(国務院台湾事務弁公室)の反応は、4年前の蔡英文再選時と比べ「『両岸はお互いに隷属せず』『台湾住民による自決』を躍起になって宣揚している」と断定し、頼清徳は「かたくなに台湾独立の立場をとり、分裂の謬論(びゅうろん)を宣揚し、両岸の対立と対抗をあおり、外部に頼り独立を謀り、武力に頼り独立を謀っている」と切り捨てた。
この反応から、中台による対話の可能性は全く見えてこない。現に中国は軍事演習を行い中国側の意図を明確に伝えようとしている。従って、台湾新政権の現状維持路線では中国との関係はうまくいかない。とはいえ、中国側が新たな攻勢をかけているわけでもない。今回の軍事演習は、2022年夏にペロシ米下院議長が訪台した後のものと比べると規模は小さい。
このように、各方面ともに抑制された対応をしている。それでも、台湾をめぐる情勢は緊張したままであり、緩和の兆しはない。中国が台湾への圧力を高いレベルで維持しているとの報道も目につく。それは、この30年で台湾問題に根本的な構造変化が生じたにもかかわらず、中台のみならず日米も政策の次元においてうまく調整できていないからである。
〇中国の対台湾政策は引き続き「方略」に従う 
中国の台湾政策は、鄧小平の時代から戦術的変化はあるものの基本は一貫している。現在、それは「新時代の台湾問題解決総体方略」と呼ばれ、22年秋に開催した第20回党大会を経て策定された。今回も中国当局者は、この「方略」に従い対処していくと明言している。
中国共産党の組織原理は、党の決定は同じレベルの機関決定がなければ変更できないというものだ。つまり、実質的に党大会で決定したものであれば同じ党大会においてしか大きな方向転換はできない。あの毛沢東でさえも、この原則を踏みにじりつつも、最後は党大会を開き自分のやったことを承認させ、つじつま合わせをしている。今の習近平(シー・ジンピン)にこの大原則を踏みにじる力はない。台湾問題に関して言えば、踏みにじる必要もないと判断しているはずだ。すなわち「方略」は、次の決定がなされるまで続く。それを踏まえれば中国の出方は読みやすい。
方略が定める根本中の根本が「一つの中国の原則」にある。世界には一つの中国しかなく、台湾は中国の一部という主張である。王毅(ワン・イー)共産党政治局員兼外相も5月20日、この点を強調し、台湾内部で何が起ころうとも、この原則は不変だと言っている。「中華民族は、国土は分割してはならず、国家は乱れてはならず、民族は分散してはならず、文明は断絶させてはならないという共通の信念を有する」と追い打ちをかけた。
予見しうる将来において、中国がこの原則を変えることはありそうにない。中国は、「方略」に基づき、台湾問題を解決する。軍事オプションは決して放棄しないし、ありとあらゆる圧力をかけ続けるだろう。
〇経験したことのない民主化は理解できない
「方略」の主眼は経済や人の交流を通じて台湾を取り込むことにある。ところが、ここまで練りに練って作り上げてきたはずの台湾政策が成功しているようには見えない。この30年で台湾をめぐる構造に根本的変化が生じたからであり、それは2つの面で際立っている。
1つは、台湾社会の劇的な変化である。1996年に、住民が直接選挙で選ぶ総統が誕生して以来、台湾の民主主義は発展し、政治と社会の民主化が進み、世論の持つ影響力が増大した。しかも台湾アイデンティティーが急速に形成され、今や、自分は台湾人であり中国人ではないと認識する人の割合が6割強に達している。30年前、その割合は2割を切っていたことを思うと今昔の感に堪えない。中国が従来の政策を変えることなく台湾の民心をつかみ中国になびかせるのは、それだけ難しくなったということだ。
だが中国は、この台湾社会の変化に見合った政策を打ち出せないでいる。民主化という、自らが経験したことのないものを理解するのは難しい。筆者の経験においても、中国の外交官に日本の三権分立を理解させるのは至難の業であった。日本の安全保障の専門家も、中国に同盟関係の本質を理解させるのは不可能だと嘆いていた。台湾の民主主義についても同じだ。理解できなければ適切な対応は取れない。
それ故に中国は、硬軟であれば「硬」を、アメとムチであれば「ムチ」を使う頻度を高めている。そうすればするほど台湾の民心は離反する。中国の台湾政策は大きな困難を抱え込んでいるのだ。
〇70年代に構築した、平和を維持する外交的枠組みの危機
他方、台湾の民主化は、日本を含む民主主義諸国に厳しい選択を迫りかねないものでもある。もし台湾の人たちが民主的に独立を選択すれば、それに「ノー」と言える民主主義国はない。

なるほど、さすがに元中国大使、中国の内部事情をよくご存じだ。特に「経験したことのない民主化は理解できない」は、その通りなんだろう。だが、これだけ中国人が海外留学や企業活動などを通して海外事情、民主化された国に住みながら、理解できないのだろうか? 今の共産党トップや学識経験者たちは確かに経験がないだろうし、例え理解できる者がいても、今の共産党の情報統制では政策に反映されないだろうし、反映してはいけないのか・・・・。一党独裁とは困った国だ。