前々から読まないとなぁ、と思いながら
なかなか読む機会がなかった本を読みました。
「陰翳礼讃」 谷崎潤一郎
まず、読む機会がなかった、というか、
この本を今まで手にとらなかった理由は…、単純に、古そうな本だから(笑)
だから、なんとなく読みにくそうな印象を持っていたので
存在は知っていましたがなかなか手が伸びませんでした。
この存在を知ったのは、この本を読んだからです。
「新・陰翳礼讃」 石井幹子
なんとなく、照明に興味があったころに読んだ本です。
最初に、下手な照明プランの載った本を読まなくてよかった。
それだけ非常に読みやすく、感銘を受けた本です。
この2冊に共通することは、
「陰翳」と題名にあるように、「陰」をつくるための「光」。
日本において、あくまで照明器具は、「陰」を作り出すための装置である、ということ。
「陰翳礼讃」では、それを日本人の肌の色などを引き合いにしたりして説明している。
そこで気になった表現は、
味噌汁がおいしく感じる空間、あの赤褐色の汁をおいしそうに感じられる空間こそ日本的空間だ、
といった内容の表現。
白い空間が、なんとなくクリエイティブであり、インテリアも映え、無難な空間であると感じるが、
やはり、食事という行為は、家の中で家族団らんで過ごす中心の行為なわけで
それのイメージから全体の空間を形成するのであれば
真っ白な空間は、決して日本的であるとは言い難い。
日本的とはつまり、昔からある懐かしさを感じ、潜在的意識で本当にくつろげる空間。
日本人とは、ピカピカで輝いているモノよりも
少し錆び、闇を感じられるものに重みを感じる人種であり
そういった少し暗い空間の中で、少し金色の輝きの反射で光を作り出すような
そんな儚さもある光で充分ではないか。
今現在、日本でそのような空間が少ないのは、
様々な点で欧米のモノをそのまま取り込んできた結果であろう。
きっと欧米から来たものをひとつひとつ
日本の文化に合わせて改良されていれば
その日本的な美しさは保たれていたのかもしれない。
日本中、どこもかしこも、なんでもかんでも、ピカピカ眩しすぎてやかましいな。
これが2冊ともを読んで感じた率直な感想。


