レックリングハウゼン病

(NF1、神経線維腫症)

に生まれて55年が過ぎようとしています。

実は今入院しています。


このブログは過去に下書きしたまま、

公開せず、そのままにしておいたものを

(55歳現在の感性で、訂正、加筆したものです。)


 僕の場合、母方のおじいさん→母の遺伝です。

生まれ時から右片目の眼瞼下垂がみられましたが、

 その当時はレックリングハウゼン氏病

そのものの認識もお医者様にもなく


 初めて小学2年生の時、右眼眼瞼下垂のひどくなって

地元の大学病院で手術することになり、右眼窩の症状、カフェオレハン、

カフェオレスポットなどの症状がありました。

 その時、家族が病院に呼ばれて、検査した結果

母親、兄もレックの診断を受けました。

診断は出たものの、当時の医学(今もそうですが)では

治療方法も無く、経過観察しかありませんでした。

 手術はしたものの満足に右眼は開かず、断念するかしか

ありませんでした。

 レックという難病にショックを受けた父親は大きな図書館などで 

調べ回ったそうですが、あっても2〜3行なものでした。

父親が戸惑ったのは

レックリングハウゼンのハウゼンから、

ハンセン病(癩病)の関連性でした。当時(現在もそうかも、しれませんが)

業病とも言われ差別の対象とされていました。

まぁ勿論違う病気なのですが、

外見に顕著な症状がでた、僕は小学校、中学校、高校と思春期を迎える事になります。