テンポ・ルバートとアウフタクトの歌い方(Je Te Veux)
 一部修正したので再投稿します(楽譜の画像の貼り方を改善し、2段ごとに解説する形に変更、その他)

 今回、テンポ・ルバートやアウフタクトの歌い方について取り上げてみます。なお、私は合唱経験者ですが、音楽の専門教育は受けておりません。
 テンポ・ルバートするしないや、やり方については、演奏者の解釈による部分が大きいので、好みが分かれるところかもしれません。演奏者による違いが現れるからこそ面白みがあるとも言えます。もちろん、前提として作曲者の意図を尊重する姿勢は大切です。
 作品によって、テンポを揺らす演奏により、より生き生きした表現になったり、メトロノームのような演奏が味気ないものになったりすることはありますし、ルバートのやり方によっては品のない演奏になったりもします。個人的に私はルバートは好きなほうです。
 具体的な曲の例で少し考えてみます。
 今回、エリック・サティの「Je Te Veux」を取り上げます。なお、「Je Te Veux」のフランスでの著作権の扱いは、末尾に記載のとおり、歌曲に関しては事情があるようで、歌曲版のメロディーだけを示します。
 また、ここで例示する表現はJessyeNormanの演奏を手本にしたものです。


〈 用 語 〉

【テンポ・ルバート】 
 もともとは「盗まれた時間」の意味で、音符の音価の一部を他の音符に付与することを意味し、全体のテンポは変化しませんでしたが、この概念は衰退し、柔軟にテンポを変えるという意味になっていったとされます。
(以下Wikipediaから引用(※1))
「テンポ・ルバートが再び脚光をあびるのはショパンの楽曲においてである。テンポ・ルバートはマズルカ、バラード、スケルツォ、ワルツ、ノクターン、即興曲といった、叙情的な作品の演奏において多く用いられる。普通は、フレーズの最初と最後を遅めに、また、強調したい音を長めに演奏するためにその前後を遅めに演奏し、それ以外の場所を速めに演奏する。この場合、完全にテンポが自由というよりは、基本のテンポを設定しておいて、それを基準に遅め、速めにずらす、という手法を採るのが一般的である。なお、ショパンの場合、このようなテンポの変化は楽譜に書かれていないため、演奏者の解釈に任されている。」

【アウフタクト】
 歌(旋律)が、小節の1拍目(強拍)ではなく弱拍から始まる場合、その部分を指します。アウフタクトで始まることを「弱起」と言います。

〈アウフタクトの歌い方〉
 さて、テンポ・ルバートと同時に「アウフタクト」の歌い方も取り上げます。同じようにテンポを変える要素があるからです。先に、アウフタクトから考えます。
 私は学生時代に男声合唱団で歌っていました。定期演奏会の曲目として、ある曲集からの抜粋のステージを企画して、その作曲者に一度だけ練習を見ていただいたことがありましたが、アウフタクトで始まる曲が何曲かあったと思います。そして、その音符にはテヌートがついていたかもしれません。私のいた合唱団は基本的に演奏会でも学生指揮者が指揮していましたが(素人同然の自分もその一人でした(一応、2年生の時、夏合宿の夜に連日大変厳しい指揮者選挙を受けました)。ステージの企画は他のスタッフの持ち込みによるものです。)、練習において、その先生が「こう演奏するんだよ」と、指揮をされ、見本を示されました。
 その先生の作曲の意図として、テヌートがついた音はずいぶん長めに演奏されました(曲中の山場で強調される音にもテヌートがついています)。自分達の練習の演奏がよほど物足りなかったのかもしれません。そして、アウフタクトもずいぶん溜める感じでした。確かに「生き生きした」表現だと感じました。
 この時の体験により、自分の中では「アウフタクトは溜めるんだ」という意識を強く持つようになりました。わかりやすく喩えるなら、「せーの」という掛け声を考えてみてください。その「の」の部分がアウフタクトで、ちょっと溜める感覚があるはずです。これをそっけなくやらずに、「のーー」と少しスローモーションのように(リズムが止まったように)、溜めて、引っ張り、粘ってやるわけです。そして次の小節の頭の1拍でエネルギーを解放し「テンポ・プリモ」みたいな感じで(ただし機械的にではなく滑らかに)通常のテンポに乗ってリズムが動き出します。今回取り上げた曲がまさにそういう始まりの曲です。

〈テンポ・ルバートの基本形〉
 そして、テンポ・ルバートです。基本は上記の引用の記載のとおり、フレーズの始まりと終わりをゆっくり(緩急の「緩」)、強調したいところを長めの音にするためその前後もゆっくりとなります。今回取り上げる「Je Te Veux」は、アウフタクト始まりで、始まりの「緩」は、アウフタクトの歌い方が担っています。


〈Je Te Veux の表現の例〉
 ここで例示する表現はJessyeNormanの演奏を参考にしたものです。


(1~12小節)

(1~12小節)
① 1~5小節は前奏で、全体にゆっくり演奏されます。3~5小節はよりゆっくりになり、とても優しい感じで歌の始まりへと誘います。
② 溜めるアウフタクトは5小節のところです。少し溜めます。アウフタクトで少しだけ溜めたあと6小節から3拍子のリズムに乗ります。
③ 7小節のEの音に上がるところは、少し粘って、ほんの少しアウフタクトのように歌います。
④ 10~11小節は、ほんのわずかに「ふわっ」とテンポを遅くして、わずかに強調し、同時にフレーズが終わりながらも続きがある感じで歌います。


(13~28小節)

(13~28小節)
⑤ 13小節から14小節につながるアウフタクトは溜めません。新しいフレーズを少し勢いをつけて歌い始める感じです。
⑥ 18~19小節は④と同様に、少し遅くしますが、(この楽譜の)2段目3段目の2つのフレーズの塊りの終わりとしてフレーズの終わりらしく、④よりも遅くします。
⑦ 21小節から22小節につながるアウフタクトも溜めません。冒頭と同じ音形のフレーズを、勢いをつけて歌い始めます。
⑧ 23小節は③と同様に、Eの音に上がるところを少し粘って、ほんの少しアウフタクトのように歌います。 
⑨ 26~27小節は次へ続く感じで遅くしませんが、次のフレーズが前半のハ長調の部分の山であり、終わりの部分となるため、28小節は次のわずかに溜めるアウフタクトに備えます。


(29~44小節)

(29~44小節)
⑩ 29小節から30小節につながるアウフタクトはわずかに溜めます。この後に前半のハ長調の部分で最も強調する部分があり、緩急をはっきりつけて歌います。アウフタクトは「緩」です。
⑪ 30小節から1拍1音で一気に急き込むように31小節まで速いテンポで歌い、32小節の下降音形から少しずつテンポを緩めていき、34小節からはデクレッシェンドでいっそう遅くなり36小節で最大限に遅くします(最後は31小節の倍以上くらいのテンポまで相当に遅くしますが、実際の歌曲では35、36小節にタイトルと同じ歌詞(あなたが欲しい)がついており、強調するような歌い方をします)。 
⑫ 37小節は前半のハ長調の部分が終わり、後半のト長調の部分に向かうところで、気分の変わり目として、37小節から38小節へのアウフタクトはかなり溜めます(聴かせどころ)。38小節で3拍子のリズムに乗ります。
⑬ 42~44小節は、クレッシェンド、デクレッシェンドに挟まれていますが、徐々にゆっくりとなり、デクレッシェンド記号の頭の部分(44小節の頭)を強調する音として、かつ、フレーズの終わりに向かう音として最も長く歌います(デクレッシェンドの頭にかかっていますが、41小節からの音形に合わせるように強調部を強音にします)。
 なお、実際の歌曲では歌詞を変えて繰り返しがありますが、2回目は、よりテンポの変化をつけ、なおかつ音量を抑制する形で強調します(聴かせどころ)。


(45~60小節)

(45~60小節)
⑭ 45小節から46小節に向かうアウフタクトも溜めます。後半のト長調の部分は(この楽譜の)1段ごとの終わりに山(強調)があるからです。49小節から下降音形で50小節に向かいますが、42小節からと対のような感じで低い音ですが強調する歌い方をします。
⑮ ⑬の繰り返しのように歌います。50~52小節は、クレッシェンド、デクレッシェンドに挟まれていますが、徐々にゆっくりとなり、デクレッシェンド記号の頭の部分(53小節の頭)を強調する音として、かつ、フレーズの終わりに向かう音として最も長く歌います(デクレッシェンドの頭にかかっていますが、50小節からの音形に合わせるように強調部を強音にします)。
 なお、実際の歌曲では歌詞を変えた繰り返しの2回目は、よりテンポの変化をつけ、なおかつ音量を抑制する形で強調します(聴かせどころ)。
⑯ 53小節から54小節に向かうアウフタクトも溜めます。(この楽譜の)この段の終わりが後半のト長調の部分の最大の山となります。
⑰ ⑬の繰り返しのようになりますが、最後の音がより高音です。58~60小節は、クレッシェンド、デクレッシェンドに挟まれていますが、⑬や⑮よりも一層ゆっくりにして、デクレッシェンド記号の頭の部分(44小節の頭)を、後半のト長調の部分の中で最も強調する音として、かつ、フレーズの終わりに向かう音として最も長く歌います(デクレッシェンドの頭にかかっていますが、57小節からの音形に合わせるように強調部を強音にします)。
 なお、実際の歌曲では歌詞を変えた繰り返しの2回目は、よりテンポの変化をつけますが、⑬や⑮と異なるのは、60小節を最大の強音で歌うことです。この部分の2回目の歌詞は「同じ炎を燃やす」という内容です。(聴かせどころ)。


(61~69小節)

(61~69小節)
⑱ 61小節から62小節に向かうアウフタクトは溜めます。ここだけ音形が異なりますが、この後の山は後半の転調部で「最後の」山となり、その音形も少し違います。
⑲ ⑬の形式の延長にあります。66~68小節は、クレッシェンド、デクレッシェンドに挟まれていますが、徐々にゆっくりとなり、デクレッシェンド記号の頭の部分(68小節の頭)を強調する音として、かつ、フレーズの終わりとして、特に後半のト長調の部分の終わりの音に向かう音として一層長くしフレーズの終わりらしくゆっくり歌います(68小節の頭はデクレッシェンドの頭にかかっていますが、66小節からの音形に合わせるように強調部を強音にします)。
 なお、実際の歌曲の歌詞を変えた繰り返しの2回目は、よりテンポの変化をつけ、なおかつ音量を抑制する形で強調し、特に最高音は音形とは逆に、より抑制させます(聴かせどころ)。
⑳ 69小節は前半のハ長調と後半のト長調の組の最後の音として、ゆっくりしたテンポで歌い、次の繰り返しのアウフタクトを溜めて歌い始めます。




〈Je Te Veuxの著作権〉 
https://togetter.com/li/183999
2011/9/5「サティの著作権」から要約すると、
歌曲としてのJe te veuxについては、作詞者のHenry Pacoryの没年が不明のため、フランスの著作権管理団体SACEMで保護期間中の扱いになっています。
サティの楽曲の著作権については、フランス国内では戦時加算があり、切れたは、1921年より後の出版のものが1926年1月1日(没年)+70年+8年120日=2004年5月。1921年より前のものはこれにさらに6年152日加算で、2010年9月末ということです。

※1:「テンポ・ルバート」フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/12/29 15:24 UTC 版)https://ja.wikipedia.org

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