ドイツのヴァンパイア

・10世紀にスラヴ系民族が東ドイツへ侵攻したため、ドイツのヴァンパイアは東ヨーロッパのスラヴ民族のヴァンパイアから多大な影響を受けている。北ドイツで最も有名なヴァンパイアはナハツェーラーである。

 

・ナハツェーラーは自殺者や突然に変死を遂げた人間がよみがえったものと信じられているが、さらに珍しい原因として、最近亡くなった人間で、屍衣に名前が付いたまま埋葬されるとヴァンパイアになるというものもある。南ドイツのナハツェーラーによく似たヴァンパイアはブルートザオガーと呼ばれるが、これはそのまま、血を吸う者というおぞましい意味だ

 

アルプ

・ドイツの民間伝承に出てくる最も狡猾で一貫性のない夜の魔物のひとつがアルフだ。アルプの悪霊としての特徴は、姿を現すドイツの地域によって異なる。ある地域では、アルフは魔法使いで、悪さを働くために鳥やネコの姿に変身できる。別の地域では、アルプは人間の姿をした性犯罪者で、ベッドで眠っている女性や少女を襲う。アルプはまた、魔術と密接に結びついており、夜にはネコやネズミの姿になって、魔法使いの命令を実行すると言われている。アルプのよく知られた能力のひとつは、眠っている犠牲者の思考に入っていって、恐ろしい悪夢を見せるというものだ。そのせいで相手はしばしばひきつけやヒステリーの発作を起こす。

 

シュラトル

・ドイツのアルフに似た魔物としては、シュラトルがいる。自分の死体から葬式の埋葬布を食いちぎり、墓からよみがえる凶暴なヴァンパイアだ。シュラトルはまず自分の家族と家畜を襲い、その後共同体全体を襲うが、しばしば犠牲者を狂気に追いやる。東ヨーロッパではシュラトルは病気のまん延の原因であるとする点も、ヴァンパイアに似ている。

 

ウッドワイフ

・ドイツの多くの歴史的伝説では、ウッドワイフは一般に森に住む動物や植物の保護者と考えられ、温和な妖精という性格をもち、ゆったりとしたローブを優雅にまとっていると言われている。だが、身の毛もよだつ記録によると、無謀にも森の奥深く入ってきた狩人や木こりを襲って喉を引き裂くこともあったようだ。

 

イギリスのヴァンパイア

・現代のイギリスで取り上げられるヴァンピリズムの物語といえば、よく知られた東ヨーロッパの血を吸う者の話が多いが、11世紀から12世紀にかけてのイギリス諸島では、独自のおぞましい伝承がいくつも生み出された。

 

ウェールズ地方のハグ

・ウェールズ地方の民間伝承に登場するハグは女の悪魔で、若い娘の姿をしているときもあれば、熟年の婦人や老婆の姿で現れるときもある。最も恐れられているのは老婆の姿で、それは死や破滅が差し迫っていることを示しているからだ。

 

グラッハ・ア・フリビン

・グラッハ・ア・フリビンも恐ろしいほど年をとった女性で、十字路で旅人を脅しているところを見かけたり、小川や池のほとりでちらりと姿を見たりすることがある。グラッハ・ア・フリビンの泣きさけぶ声は、聞いた者の死が差し迫っている合図だと信じられている。

 

シーに注意

・デアルグ・デュは、美しい妖精リャナン・シーと関連があるとも言われている。リャナン・シーは芸術家にとってミューズの役割を果たす、しかしながら、アイルランドの詩人W・B・イェイツは、著書『神話』で、こうした魔物は吸血鬼に類するもので、本質的に邪悪なものとみなしている。

 

アバータハ

・アイルランドの初期の伝説に、アバータハの物語がある。これはロンドンでリーのエリガル教区に住む小びとだ。アバータハはすご腕の魔術師だったが、暴君でもあり、田舎の人々から恐れられていた。近隣の族長フィン・マックールがこの小びとを殺したが、アバータハは死体からよみがえると、国中を歩きまわり、犠牲者の血を吸った。

 

イングランドのヴァンパイア

・イングランド北部のベリックでは中世から、おそらくペストで死んだ地元の男の魂が町をうろつき、病気と恐怖を拡散したという話が伝わっている。その男は幽霊の猟犬の群を伴っており、その犬たちの悲しげな吠え声で、男がやって来ることがわかった。男は聖別されていない土地に埋められていたが、町の住民はそこから死体を掘り起こし、死体を切り刻んで燃やした。

 

スコットランドのヴァンパイア

・スコットランドは荒野と険しい山々の国で、風のない湖の陰気な湖面に城が影を映しているが、実にさまざまな独自のヴァンパイアの話が多数残っている。スコットランドのグラムス城は、イギリスのなかでも最も亡霊がよく出る城と呼ばれることもあり、その城主には恐ろしい秘密があるという噂がある。それは、家族にヴァンパイアの子供が生まれたというものだ。子供は城のなかの隠し部屋に幽閉されていて、部外者で姿を見た者はいない。ヴァンパイアの子供は、代々の城主に生まれているとも言われる。

 

スコットランドのその他の血を吸う者

 ・時代が下った1920年代のブレア・アトールでは、ふたりの密猟者が夜の猟を終えて休んでいると、謎の化け物に襲われ、ふたりとも血を吸われたという記録が残っている。彼らは何とか撃退したが、この事件は、スコットランドのハイランド地方では、旅人は暗くなってから外を出歩くのは避けた方がいいという警告として使われてきた。

 

極東とインドのヴァンパイア

・中国、日本、インドの神話からは、西ヨーロッパや南北アメリカ大陸に存在するヴァンパイア伝説に匹敵する数の物語が生まれている。これらのヴァンパイアは欧米人になじみのあるものとはまったく異なるが、それでも同じ民間伝承の伝統に属するものであるのは間違いない。

 

中国のヴァンパイア

・欧米の文化、文学、映画をとおして愛したり忌み嫌ったりするようになったヴァンパイアは、通常ヨーロッパで語り伝えられてきたものだが、そのパワーや恐ろしさ、魅力には国境がない。中国のキョンシー(チャンスー)は、「跳ねる幽霊」とも呼ばれ、溺死、絞首、自殺などで命を落とした死体がよみがえったものだ。

 

日本におけるヴァンパイア

日本の河童は、丸い目をした毛のない猿のような薄気味悪い生き物で、手と足に水かきがついている。河童は河川や池の隠れ場所から跳び出し、獲物の尻の穴から血を吸うというぞっとするような習性をもつ。

マレーシアにも、河童に似た血を吸う悪党が存在する。それは出産時に死んだ母親と死産した赤ん坊の体内から飛び出したもので、母親はランスイル、哀れな子供はポンティアナックとなってよみがえる。生きている人間をねたんで復讐しようとするが、そのやり方は、犠牲者の腹を切り裂いて血を吸うという、胸が悪くなるようなものだ。

 

その他の日本のヴァンパイア

◆日本人のなかには餓鬼と呼ばれる妖怪に悩まされている人がいるかもしれない。これは血を求めて泣きわめく青白い死体で、動物や人間に姿を変えることもできる。

◆美しい女性が悪魔に取りつかれると、般若に変身する。この恐ろしい魔物は血を吸い、子供を食べる。

◆火車は墓場の死体を貪り、血を扱う妖怪だ。

◆女性は怒ってばかりいると、死後ランクが下がり、夜叉という吸血コウモリに生まれ変わる。

 

インドの影響

多くのヴァンパイア研究家は、ヴァンパイア神話のいくつかの起源はインドにあるのではないかと考えている。数千年の間に、インドの文化と宗教からはさまざまな種類の神、悪魔、迷信、伝説が生み出された。そして、古代インドのアンデッドの多くは、現代の伝承のなかにいまだに生きつづけている。そして、こうした伝説的物語や、そのなかにしばしば登場する血に飢えた悪魔的存在は、隊商、遠征、移民によって、何世紀も前に他の民間伝承や宗教と混ざり合い、進化したのではないかと考えられる

 

 

 

『妖精の教科書』

神話と伝説と物語

スカイ・アレクサンダー    原書房  2020/1/31

 

 

 

妖精はいたずら好き>

・妖精はいたずら好きで気まぐれで裏切りも得意、人を助けることもあれば死に誘うこともある。ルールに縛られない自由さと危うさは、太古から人を惹きつけてきた。世界各国に存在するさまざまな個性をもつ妖精を紹介、妖精の目撃談も収録。

 

元素

・魔術師が元素をいうとき、学校で習う周期表を指しているのではない。それは自然界その他を作る空気、土、水、火の4大元素を指しているのだ。古来、神話や伝説には、空を飛び、土に潜み、深海を泳ぐ超自然的な存在が登場する。だが、こうした不思議な生きものは自分たちの居場所に住すんでいるだけではない。それぞれの領域の守護者となったり、大使となったりするのだ。彼らを特定の存在というより活力だと説明する者もいる。また、神話によってさまざまな名前で呼ばれる。東洋の神秘主義では、デーヴァと呼ばれる神(天使や下級神と似ている)が自然界の妖精を指揮している。妖精界で最もよく知られる3つの元素は、シルフ、スプライト、そして水のニンフである。サラマンダーと呼ばれる火の精もときおり登場するが、それほど知られていない。

 

シルフ――空気の精

・ティンカ・ベルをはじめ、空を飛ぶ妖精はこのカテゴリーに分類される。だがシルフは、現代の映画や絵本に描かれているような、繊細な羽を生やした魅惑的な存在というだけではない。空気や空に対して、さまざまなことができるのだ。空を飛ぶ能力のほかに、シルフは風を操り、大気の質に影響を及ぼし、人間の呼吸を助ける。今日では、化学物質による飛行機雲をきれいにするのに忙しいという説もある。また、鳥や空を飛ぶ虫を助けたりもする。

 

フィンドホーンの土の精

・1960年代初頭、アイリーンとピーター・キャディ夫妻、友人のドロシー・マクリーンが、フィンドホーンと呼ばれるスコットランドの荒涼とした土地に、霊的なコミュニティを創設した。その土地はほとんど砂地で、天候も荒れていたが、フィンドホーンは熱帯の花や19キロほどもあるキャベツが育つ見事な庭園で有名になった。なぜこんなことが起こったのだろう?ドロシーによれば、植物の生育を司る元素――彼女がいうには“裏で働いている、創造的知性の生きた力”――がフィンドホーンの創設者を導いて、素晴らしい庭園を造り、維持させたという。

 

妖精はどこに住んでいる?

・目には見なくても、妖精はすぐそばに住んでいる。現に、今このときにも、あなたの隣に座っているかもしれないし、あなたの庭で踊っているかもしれない。ほとんどの人が妖精を見たことがないのは、彼らが平行世界に住んでいるからだ。そこは私たちの世界と並んで存在しているが、異なる周波数で機能しているのだ。たとえば、TVやラジオのチャンネルと比較すれば理解しやすいだろう。1つのチャンネルに合わせているとき、ほかのチャンネルは視聴できないが、それは確かに存在している。“妖精の世界”にも、同じことがいえるのである。

 

降格された神々

・多くの民間伝承で、妖精は古代の神や女神の子孫だといわれている。何千年もの間、こうした神々は天と地、そして、そこに住むものを支配していた。彼らは昼と夜、陸と海、季節、植物の生育、野生の動物や家畜――つまり、あらゆるものを支配していた。すべてを網羅するその力は、まさに彼らを畏れるべき存在にし、世界じゅうのほぼすべての文化で、人々は支配者としての神を敬った。

 だがキリスト教の隆盛とともに、こうした古代の神々は衰退していった。教会は古い信仰を禁ずるだけでなく、こうした神々にすがる人々を迫害したのだ。伝説によれば、人間が古代の神や女神をあがめたり、敬ったりするのをやめたとき、彼らの力が衰えはじめたのだという。結果として、神々の一部は伝説上の存在に成り下がった――妖精もその1つである。こうした成り行きを妖精は喜ばなかった。そのため、人間にいたずらをするのかもしれない。

 ほかのあらゆる世界と同じく、妖精界にも社会構造や階級がある。基本的に、妖精は次の2つのカテゴリーに分けられる。

・自然界を守り、導く妖精

・人間の運命や宿命を操る妖精

 

運命の妖精

自然の精霊についてはすでに少し触れているので、ここでは運命を司る妖精を見てみよう。これらの妖精は、赤ん坊が生まれた直後に現れ、誕生を祝い、赤ん坊の運命に影響を及ぼすことが多い。勇気や美しさ、賢さといった贈り物を持ってくるのが常である。これらの誕生を祝う精霊は、ケルト、スラヴ、フランスの民間伝承に登場する。ギリシアのモイラ(運命の3女神)も、このカテゴリーに入る。アルバニアのファティも同様だが、彼らは通常、赤ん坊が生まれてから3日後まで待ち、蝶の背中に乗ってやってくる。セルビアでは、ウースードと呼ばれる妖精が誕生から7日目にやってくるが、母親だけにしか姿は見えない

 妖精たちの気前のよさに、お返しをするのはいいことだ。さもないと、怒りを買うことがあるかもしれないし、妖精を侮辱するのは決していいことではない!

 

ほとんどの国で、人間とも、上位の神々とも違う種がいることが広く信じられている。こうした生きものは洞穴や深海といった彼らだけの領域に住んでいる。そして一般には、力や知恵で人間を上回り、人間と同じく死ぬ運命は避けられないが、人間よりも長く生きる。

 

妖精の性格

いい妖精、悪い妖精、美しい妖精、そして徹底的に醜い妖精

ピクシー

・初期の伝説では、ピクシーは小さい、子供のような妖精で、ブリテン島やブルターニュ周辺のストーンサークルの下や妖精の丘に住んでいるといわれていた。しかし、スウェーデンではこの妖精をピスケと呼んでいるため、スウェーデンに端を発しているという説もある。ピクシーはまた、ピクトともつながっている。古代アイルランドやスコットランドに住んでいた、小さくて色の黒い神秘的な種族である。たいていは、ピクシーは妖精界での“お人よし”と考えられている。

 

現代のピクシーは、概して尖った耳を持ち、先の尖った高い帽子を含め緑色の服に身を包んでいる。

 

エルフ

・今日では“エルフ”といえばサンタクロースの小さな助手のイメージが浮かぶが、初期の民間伝承では、ハンサムで人間と同じくらいの大きさの生きものとされている。彼らはチュートン人の伝説に登場し、職人、射手、治療師として大きな力を発揮する。スカンジナヴィア神話では、エルフは3つのタイプに分かれる。光のエルフは天上界で神や女神と暮らしている。闇のエルフは下界に住んでいる。そして黒のエルフは魅力的で、人間と同じくらいの大きさで、2つの世界の間に暮しているノルウェーの民間伝承によれば、自分に価値があることを証明できれば、人間は死後、エルフのレベルに進むことができるという。

 

・伝承では、エルフは人間をさほど好きではなく、助けることもあるが害を与えることもある。とはいえ、エルフは人間と結婚することでも知られている。ドイツのニーベルンゲンが没落した後の最後の生き残りであるハゲネの母親も、エルフと結婚した1人だ。物語では、この精霊は“エルフの矢”といわれる毒矢で人間を攻撃する。

 

アイスランドのエルフ

アイスランドの人々は、エルフと特別な関係を結んでいる。おそらく、ほかのどの文化よりも緊密な関係といえるだろうアイスランド政府観光局の報告では、国民の80パーセントがエルフの存在を信じているという。アイスランドには、エルフを人間の侵害から守る政策まである。住民の25パーセントが妖精を見たことがあるという港町ハフナフィヨルズゥルでは、エルフのために土地が保護され、指定された地区に建物を建てることができない。エルフの聖地に建物を建て、彼らを怒らせたのではないかと恐れる人々は、エルフ・ウィスパラーを呼び、エルフに会ってどうすれば問題が解決できるかを探るのだ。

 

ドワーフ

・『白雪姫』の7人の小人のことはよく知っているだろう。ディズニーのアニメ映画では、このおかしな小人たちには、ごきげん、おこりんぼ、ねぼすけなど、人間の感情を表す名前がついている。『白雪姫』の小人のように、妖精の伝承に出てくるドワーフはたいていひげを生やしていて、小さな体なのに驚くほど力が強い。もじゃもじゃのひげを生やしているが、年齢は7歳にも満たない――彼らはすぐに成長するのだ!

 ドワーフと後述のトロールは、ノルウェーやドイツの神話の中で、数多くの共通点を持っている――場合によっては、この名前は互換的に使われる。どちらの種族も、丘のふもとに隠れた巨大な建物の地下に住んでいる。またどちらも金属細工が得意で、莫大な富を蓄えているといわれる。初期の民間伝承では、ドワーフは死者と結びつけられ、墓地の周りにたむろするとされている。古代ノルウェーの叙事詩『古エッダ』では、ドワーフの王は「炎の血と、死者の手足から作られた」という。

 

トロール

・伝説や民間伝承の中で、トロールはさまざまな評価がされており、そのイメージは数百年の間に悪くなっている。彼らは愛想がよく、人間を助けることもあるという――彼らは盗人で、財産だけでなく女子供も奪うものだと。もちろん、彼らには魔法の力があり、それには姿を消したり、別の姿に変身したりする能力も含まれている。

 一般的に、この生きものは醜く、頭が鈍く、猫背である。

 

・トロールは、ほかの妖精と同じく音楽や踊りが大好きで、自分たちの国に音楽を持ち込むために長い距離を旅することで知られている。もちろん、楽曲をダウンロードというわけにはいかないので、彼らは人間の音楽家をさらってきては自分たちを楽しませ、囚われ人にする。一部の物語では、子供を誘拐する山の民として、トロールにさらに暗い光を当てている。

 

・現代文学での悪い評判とは裏腹に、昔話のトロールはしばしば善良な者として描かれている。この夜行性の生きものは地下の穴、洞窟に住み、そこで莫大な財宝を守っているという。彼らはハーブや金属の扱いに特に長けており、時には進んで人間を助けることもある。多くの妖精にまつわる民話と同様、彼らは変身やまじないが得意で、出会った人間を惑わすことができる。

 

ハッグ

この妖精は老婆に似ていて、精霊だけでなく、不思議な力を持つ人間の老婦人もハッグと呼ばれることが多い。民間伝承では、ハッグは悪夢の原因であり、眠っている男性の胸の上に座って、金縛りにするという説もある。別の話では、ハッグは若い美女に変身して、夜、サキュバスのように男性のベッドに忍び込み、眠っている人間と交わるともいわれる。

 ハッグは多くの文化における伝説に登場する。アイルランドのバンシー、東欧のバーバ・ヤガー、日本の鬼婆などだ。おそらく、英語圏で最もよく知られているハッグは、シェイクスピアの『マクベス』に登場する3人の魔女だろう。

 

・魔女と同じく、ハッグも何世紀もの間、悪魔その他の邪悪な力の仲間で、醜く邪悪な生きものとして描かれてきた。ヨーロッパや植民地時代のアメリカで、15世紀から18世紀にかけて無数の女性や子供が殺されたのは、こうした誤解がもととなっているのかもしれない。

 

レプラコーン

・伝説によれば、レプラコーンに出会うと、金の入った壺をもらえるという――けれども、レプラコーンをだまして宝物を奪おうと思うなら、考え直したほうがいい。無邪気そうに見えるが、彼らは非常に頭がよく、やすやすと人間に黄金を奪われたりはしない。民間伝承では、このアイルランドのいたずら者は、たいてい身長120センチほどの小柄な老人の姿で、時には風変わりな帽子の緑の上着を着て、ブライアーのパイプをふかし、棍棒を持っている。

 

・レプラコーンはトゥアハ・デ・ダナーン(アイルランド民族の祖先である神)の子孫だといわれているが、ポップカルチャーでは、セント・パトリックの日に襟に四つ葉のクローバーを飾り、緑のビールを飲む、ただの陽気な小鬼になっている。

 

ゴブリン

醜くて意地悪なこの小さい生きものは集団で旅をし、大惨事を引き起こす――妖精界では、人間のギャングに相当する存在だ。一説によれば、この貪欲な妖精はお金やごちそうが大好きで、ほしいものを手に入れるためには策略その他の手を使うのをためらわない。

 

・一部の民話では、彼らはあまり頭のよくない、意地悪な妖精で、緑がかった肌に毛むくじゃらの体、赤い目を持つと描写されている。

 

<シー>

アイルランドの神話によれば、シーは古代の有力な妖精集団で、前からアイルランドとスコットランドの一部を支配していたという。“丘の人”を意味するシーは、妖精の丘や妖精の輪の下に住んでいる。アオス・シーや、その他の名前でも知られ、トゥアハ・デ・ダナーンの子孫という可能性もある。

 外見は人間に似ているが、シーは通常、並外れて美しく、人間よりもはるかに大きな力を持っているという。たとえば、彼らはものすごいスピードで空を飛び、違う生きものに変身できる。伝説によれば、この妖精はほぼ不死だともいわれる。ケルト人の土地にキリスト教が持ち込まれたあとも、アイルランドやスコットランドの人々は、この超自然な存在を高く評価しつづけている。

 

動物の妖精

動物も妖精になることができる――そして、妖精も動物になれる。現に、姿を変えることのできる精霊は好んで動物や鳥、さらには爬虫類にも変身する。妖精は自然界を守っているため、動物と親しいのだ――ユニコーンやドラゴンといった、魔法をかけられた生きものもそれに含まれる。

 世界じゅうの神話や伝説で、動物と人間の複合体だけでなく、動物の妖精についても語られている。たとえば、南アフリカのロコロシェは、小さくて尻尾のないヒヒに似ているという。スコットランドのセルキーは海の中ではアザラシとして暮らし、陸上では人間になる。ブラジルのエンカンタードは蛇やイルカに変身できる。日本の妖精は白鳥や鶴の姿をしているし、ウェールズのグウィリオンは、しばしばヤギの姿をしているといわれる。ほかの妖精と同じように、動物の妖精も人間に対して親切にふるまったり、敵対したりする。

 

アメリカ先住民の守護動物

・北米や南米の土着民の間には、動物や鳥、爬虫類、虫の姿をした不思議な存在にまつわる物語が無数に見られる。ある文献では、魂を持つ動物は実際には超自然的な存在で、ときおり動物に宿るのだという。別の文献では、こうした存在は地上では肉体を持つ動物だが、死ぬと神になるという

 

ケルトの猫

・古代エジプト人は、猫を神としてあがめたが、ケルト人も猫には超自然的な力があると考えてきた。アイルランドの民間伝承では、猫のシーが黄泉の国とその財宝を守っているという。魔法の白猫は、ウェールズの女神ケリドウェンに付き添っている。猫の画像は、古代民族ピクト人の手で、スコットランドの特別な石に描かれている。女性の妖精や魔女は、昔から猫を使い魔(魔法の従者)として手元に置いたり、猫に変身したりすることで知られている。

 

魔法の馬

・ユニコーンやケンタウロス、空飛ぶ馬は、老若を問わず人を魅了する――だが民間伝承や美術、文字は、普通に見える馬にも魔法がかかっている場合があることを物語っている。妖精が馬全体に魅了されていることを考えれば、妖精界に馬がいたり、妖精が馬になりすましたりしたとしても何の不思議もない。ケルピーというスコットランドの水の妖精は、しばしば馬に姿を変える。やはり水の妖精であるドイツのニクシーは、灰色の馬に変身するという。

 

・東欧のヴィラも、自分自身を白鳥やオオカミのほかに馬に変える。アイルランドの小鬼プーカは、時に黒い犬、時に馬の姿を取る。

 

・「何であれ、いないと証明されるまでは僕は信じる。だから妖精も、神話も、ドラゴンも信じている。たとえ心の中だけでも、それはみんな存在しているんだ。いい夢や悪い夢が、今この時と同じ現実ではないと、誰にいえるだろう?」 ――ジョン・レノン

 

妖精の行動といたずら

・大きくても小さくても、優雅でも凶暴でも、妖精は私たちを恐れさせると同時に魅了する。妖精を信じ、友達になりたいと思う一方、その評判を聞くと少し尻込みしてしまう。これまで見てきたように、妖精は人間にいたずらを仕掛け、森で迷わせ、ものを盗む――人間を溺れさせたり赤ん坊をさらったりすることまで知られている。それでも、私たちは炎に誘われる蛾のように妖精に惹きつけられる。

 

妖精の力

・神話や伝説によれば、妖精は超自然な力の宝庫で、それをよくも悪くも使うことができる――そして、ただの人間は彼らにはかなわない。歴史を通じて、親切な妖精は穀物や家畜を守り、病気を癒し、赤ん坊を取り上げ、願いをかなえ、幸運を呼ぶなどして人間を助けてきた。一方、怒った妖精は嵐を呼び、穀物を枯らし、疫病を招き、永遠に続く呪いをかけ、人間をヒキガエルや石、さらにひどいものに変えるといわれている。したがって、妖精の機嫌を取りたいと思うのは当然だ。

 しかし、そこが難しい問題なのだ。妖精は人間と同じような感情を持たないし、人間と道徳観を同じくしていない――とはいえ、妖精には妖精の、きわめて強固な規範がある。せいぜい、妖精は善悪を超越していると考えるしかない。

 

妖精はほぼ永遠に生きる

・妖精は不死ではないが、人間よりもはるかに長生きする――10倍か、それ以上かもしれない。一部の伝説では、彼らは人間が登場するよりずっと昔からこの星に住んでいるという。その間、妖精たちは人間について知っておくべきことはすべて学んでいる。しかも、人間が次第に衰え、老いていくのとは違って、妖精は年を重ねても力を失わない。

 

妖精は見た目より強い

妖精物語の多くが、巨人その他の怪物について語っている。大きくて毛むくじゃらな北のトロールは、ビッグフットに似ている(嫌なにおいがするというビッグフットの特徴も持っている)。しかし、小さなドワーフにも筋肉がそなわっている――彼らは3歳になる頃には大人になる。ハワイの神話では、メネフネと呼ばれる小さな精霊が、カウアイ島に驚くべき石のダムと壁を作ったといわれている。またアラビアの神話では、ジンと呼ばれる妖精がピラミッドを造ったという。

 

妖精は未来を予言できる

・妖精の多くは人間よりも鋭い洞察力があるばかりでなく、未来を見通すこともできる。“千里眼”(透視)は、彼らにとって自然のことなので、何が起こるか前もってわかるのである。明らかに、それによって当てずっぽうは減り、ほとんどの状況で優位に立つことができる。

 

妖精は姿を消すことができる

・見えたと思えば消えてしまう。ついに姿をとらえたと思ったら、相手は見なくなるマントをはおり、目の前で消えてしまう。あるいは、ただ音もなく、周りの影や緑にまぎれるか、魔法の国と私たちの世界を隔てるヴェールの向こうへ逃げ込んでしまう。現実には、妖精を見ることができるのは、相手が姿を見せる気になったときだけなのだ。しかも妖精たちは、まばたきする間に自分たちの王国をまるごと出したり消したりして、すべてが夢ではなかったかと思わせることができる。

 

妖精の目撃談

・「コーンウォールで休暇を過ごしているときのことでした。娘と曲がりくねった道に差しかかったとき、突然、小さな緑色の男が、門の側で私たちを見ているのに気づいたのです。全身緑色で、尖った頭巾をかぶり、耳も尖っていました……。私たちは恐怖でぞっとしました。そして、眼下の渡し船まで走っていきました……。あれほど怖かったことはありません」

 

取り替え子

妖精が人間の子を盗むという話は、民間伝承には数多い。多くの国の伝説で、妖精は家に忍び込み、異世界の子供と人間の子供をこっそり取り替える。人間の親は、妖精が自分たちの子供を“取り替えた”ことに、すぐに気づく場合も、気づかない場合もある。だが、気づいてからの結果は悲惨なものだ。

 妖精はこの方法で、劣った子を捨て、強くて健康な子を手に入れることで、子分たちの種を活性化させるという説がある。