遺伝子に地球外知的生命体の記号コードが刻まれていた

DNAの非コード配列の97%からエイリアンの遺伝子コードが解析された!

他の宇宙の存在が地球に生命体を創造した

・アヌンナキによる太古宇宙人飛行士説、サナート・クマラが告げた23から24種の超銀河文明の人類創造関与説が証明されたようなものではないか。

 

2億5000年前、火星に居住していたのは、シリウス星人らではないか

・実は、超古代使われていたという、アヒルクサ文字が金星人オーソンから授かった手紙の文字に酷似するという説もある。

 

つまり、旧帝国軍とは、アヌンナキではなく、それ以前にやってきたシリウス人だったという可能性が高いことになる。

 

ドイツ・ナチスが南極地下に基地を持っており、UFOを建造していたという噂はかなり広がっている。

 また、筆者の探求とシンクロする「アルシオン・プレアデス」も、南極の地下に地球外知的生命体の地下基地とナチスの地下基地があることを断定、「尾がある宇宙人の遺体も見つかっている」ということを最新ニュースで報じた。

 

人類は原子力、核エネルギーが不要なことを知らねばならない

・プレアデス星を3日間旅してきた前出の上平少年が教示されたことは、「彼らの社会は基本的に物資が足りていない人に補う、困っている人を助ける奉仕の社会が構築されている」ことだ。必要なものは必要なときに必要な分を供給する。どうやら、プレアデス星は貨幣経済を脱出し、万人平等な社会を形成しているようだ。

 

世界的に有名なチャールズ・リンドバーグ、ドゥーリットル将軍も立ち会っていた

・エアルは去った。100万年以上前から1万年まで地球を支配し、人類の魂を洗脳した旧帝国軍の最後の宇宙艦隊をエアルのドメイン軍が破壊した。

 

我々は一刻も早く、日本、または地球全体を護ってくれているハーモニー宇宙艦隊および銀河連盟の無償の愛に気づかねばならない。

 

・いつまでも“闇の政府”フリーメーソン・イルミナティに世界が操られていいわけがない。

 

 

 

『大統領に会った宇宙人』

(ペンタゴンの宇宙人極秘報告)

(フランク・E・ストレンジズ)(たま出版)1996/12/1

 

 

 

『フォース・フィールド』

・ネバダ州ヘンダーソンで、まもなく車は宇宙船の入り口に近づいた。直径90メートル、高さは3階建てのビルほどもある金星から来たという宇宙船の存在を示す目に見える唯一の証拠だった。フォース・フィールドが船体を見えなくしていたのだ。

 

<『地球上の宇宙船』>

ネバダ州ラスベガスの東にあるミード湖の最西部の岸付近に、地球外文明の宇宙船で、バリアントソー司令官の名声を高めている<ビクター・ワン>が停泊している。これこそ、バルが指揮し、地球上での“我が家”にしている宇宙船なのだ。

 <ビクター・ワン>の位置は、フーバーダムの北西、ネリス空軍基地の南東、ネバダ州ヘンダーソンの北東、ジプサン・プラントの南に当たる。1988年12月はじめの時点では、ラスベガス・ウォッシュの南、ハイウェイ147号線と166号線の合流点の北東およそ1.5キロだった。位置は変わるが<ビクター・ワン>は、11年間この地球に留まっている。<ビクター・ワン>の存在を知っている地球人は数千人・・・現役のアメリカ政府職員はそのうち2千人を占めている。<ビクター・ワン>を訪れた地球人は数人の科学者を含めてごく少数に限られている。政府職員が<ビクター・ワン>を訪れたことはない。

 

地球を観察するビクター・シリーズの宇宙船287機

・地球を観察するビクター・シリーズの宇宙船287機。日本を監視する29機が配置されているという。

 

 

 

『宇宙人と地球人の超真相』

(深野一幸)(徳間書店)1997/10

 大統領に会った金星人(ヴァリアント・ソー)

 

 

 

ヴァルのほかに、ドン、ジル、タニアの3人の仲間の乗組員がいた

・ヴァルは、3年間ペンタゴン(国防総省)に個室を与えられ住むことになった。ヴァルは、護衛には彼の幻影を見せておいて、ペンタゴンの外に自由に出入りできたし、さらに、近くに待機している宇宙船(UFO)の乗組員とは、テレパシーで絶えず連絡していたという。

ヴァルのほかに、ドン、ジル、タニアの3人の仲間の乗組員がいた。

 

・ヴァルは、1960年3月19日、テレポートしてアレキサンドリアに待機していた宇宙船(UFO)に戻り飛び立った。そして、「ビクター・ワン」という母船に乗り移って、金星に帰った。

 (ヴァルのプロフィル)身長は180センチ以上。体重は約85キロ、茶色の巻き毛で茶色の瞳、肌は白いが若干日焼けしている。指紋がない。

 

 <(ヴァルの超能力)>

・ 「テレポーテーション」ー自分自身を任意の場所から任意の場所へ自由に瞬間移動できる。

 「テレパシー」ー何十キロも離れたところにいるUFO内の仲間の金星人とテレパシーで交信できる。

 「マインドコントロール」ー地球人の心を自由に繰ることができる。

 「未来予知」―ロバート・ケネディの暗殺を予知して、ロバート・ケネディに大統領選にでないように警告していた。

ヴァルは、我々と同じ人間であるが、ものすごい超能力者であることが分かる。

 

 

 

『来るべき世界』

(ルース・モントゴメリー)(ナチュラルスピリット)2003/7

 

 

 

ルース・モントゴメリー

・ガイドからの霊界通信は、自動書記により書かれた。ルース・モントゴメリーの主な書籍は、「真実の探求」、「向こう側の世界」「以前の世界」「旅の仲間」「我々の中のエイリアン」「我々の中にいる見知らぬ人」「明日への入口」「新しい時代の先触れ」「この世とあの世」「来るべき世界」などがある。

 

・「ウォーク・インとは、霊界からきた高次の知性を持った存在で、状況によって不要になった人間の肉体内に宿ることが許されています。自分の肉体をウォーク・インに明け渡したものは他界し、霊になります。幼年期と小児期をスキップすることにより、ウォーク・インは、肉体に宿ってすぐに、自分の新たな任務にとりかかることができます」。

 

・「天使は人間の姿ではなく、燦然と輝く存在で、慈悲や愛のこもった手助けに忙しい。天使は人間の姿になることもできる。それは、警告や行動で助けるに値する人間が突如生命の危機に襲われた場合などだ。しかし、天使はふつう、目に見える姿ではいない。天使は、地球人の肉体内に宿って生まれるよりも霊的領域に留まることを選び、それによって、肉体を持つ人間が犯す過ちを避けようとする。いや、天使は、翼もハープも持っていない。天使は思考するだけで移動できる」。

 

 死後のトンネルと暗いトンネルを過ぎて桃源郷、異世界に出た

 「死んだ彼はこう書きました。『やあハニー。そうだな、死ぬ前の数分間は気持ちのよいものではなかったよ。僕は窒息しそうになってゼイゼイいいながら看護師を呼んだ。でも看護師は来なかった。次の瞬間、一時的に意識を失ったんだ。それから前方に光が見えて、てっきり僕は、自分が運ばれて救急室に向かう廊下にいると思ったんだ。でもそうじゃなくて、それは生前に耳にした<トンネル>だった。光がさらに明るくなって、キラキラした色が見え、音楽が聞こえてきた。ええっと、まずバークとローダに会った。次には家族や親類の全員に会った。モントゴメリーおばあちゃん(ボブの少年時代に他界した)もいたな。その時だよ、自分が肉体から離れて、君の言葉で言う<新しい冒険>が始まったんだと悟ったのは。最初はわくわくしたよ』。

 

・『それから僕たちは、君の言葉で言う<トレーニング・プログラム>に加わったけど、家族の何人かとは定期的に会っているよ。トレーニング・プログラムでは自分自身を評価して、自分たちの進化の中で何を達成したいかを決めるんだ。ここは美しいところだ。それに望むものはすべて、愛と思いやりで満たされる』。 

   

・父はこう書きました。『やあ。母さんの言うとおりだよ。わしらはうまくやっている。こっちでわしらが行なっていることは、そっちの世界で皆がやろうとしたことの続きだ。つまり、善良で親切、そして人の助けになることだ。というのも、わしらはみな、霊的進歩のために努力しているからだ。こっちにはそっちの世界にあるような誘惑(金をもっと稼ぎたいとか同僚よりも先に出世したいとか)は存在しない。この言葉を書き記して善良でいるように努めなさい。たくさんの愛をこめて、パパより』。

 

・『こっちの世界で僕たちに肉体がないというのは事実じゃない。そっちのものと同じく霊的身体も僕たちにはリアルなんだ

 

・『こちらの世界にきた者たちは、その到着を待っている両親、祖父母などの大勢に歓迎されるだろう。また彼らは同時に、まだ肉体を持っている者たちと本当に別れたわけではない。そちらの世界の者たちは目ざめを経験し、まもなくこちらの世界の者たちと直接コミュニケーションをとることが可能になる。<永遠の命>が存在するさまざまな世界と交信する新しい方法を学ぶからだ』

 

 

 

『世界不思議大全』

(学研)2012/8

ローゼンクロイツ(薔薇十字団の創設者)

 

 

 

 「ローゼンクロイツは人間の姿をとって物質界に現れた高次の霊的存在」(人智学の創始者ルドルフ・シュタイナー)

・アラビアに地図にも載っていないダムカルという謎の都市があり、そこではカバラやヘルメス主義、錬金術、スーフィズムなどに通じた神秘主義者たちが集い、日夜修練に明け暮れているというのだ。ローゼンクロイツの心は騒いだ。神秘主義者や東方の賢者と交歓を重ねるうちにエルサレム訪問の興味は急速に失われていた。迷うことなくダムカル行きを決断した。

 

ダムカルの所在地は現在も未判明だが、彼はダムカル入りに成功。オリエントの秘教的知識、医学、数学、物理学などを学び、短期間のうちにそれらの奥義をマスターした。世界に偏満する真理を解き明かした奥義書とされ、後に薔薇十字段の中核的聖典となる『Mの書』を賢者から授けられたのも、ダムカル滞在中のことである」。

 モロッコのフェスに赴き、ここで神秘学の真髄とも言うべき魔術を学んだ。そのひとつが自然界の精霊との交信法で土や火や水の精霊たちとふれあい、自然界のおおいなる秘密を我が物にしたという」

 

 

 

『水木しげる』  妖怪・戦争・そして、人間

河出書房新社  2016/5/26

 

 

  

妖怪談義――あるいは他界への眼差し(水木しげる 小松和彦)

妖怪と生活空間

・(小松)それらはみな、各々の村々で作られてきた妖怪なわけですからね。全国どこでも通用する妖怪というのは、なかなかないわけですよ。河童の場合は、民俗学者がその名前をよく使ったし、江戸時代の知識人などもずいぶん使ったおかげで、地方的な固有の名前のほうは次第に人々に忘れられ、河童という名前のほうが、残ったということでしょうね。

(水木)それと、日本人は河童好きだったと思いますね。それほど河童の話というのは、上手に作られています。中国などでは、そんなに河童は発達していないんですけど。

(小松)なぜ、日本人は河童が好きなんでしょうかね。

(水木)大変ユーモラスなものに仕立てられていますよね。きゅうりが好きだとか茄子が好きだとか、相撲が好きだとかね。

(小松)それに、河童の各々の属性の中に、日本人が日常生活の中で考えている事柄が、非常にたくさん盛り込まれていると思うんですよ。それがやはり人々を魅きつけたんじゃないでしょうかね。河童は近世になって作られた妖怪なわけですけど…………。

 

神々と妖怪

(小松)ところで、日本の民俗社会、歴史社会においては、妖怪の世界と神々の世界とが、対比的に扱われていますね。水木さんが、神ではなく妖怪の世界のほうに魅かれていったのは、どういうことからなんですか。

(水木)私は、神と違って、妖怪の方は自分で感じることができたわけですよ。「真を求め、そのために詩を失う」という言葉がありますが、私はどちらかというと真よりも詩を好むのです。そして20歳ぐらいの時に、柳田國男の『妖怪談義』を読んで、「妖怪名彙」の所に出てくるいろいろな妖怪の名前を見て、アッと思ったんですね。もう非常によく分かったんです。それから鳥山石燕ですね。この二つで非常に自信を得たわけです。

 

・私の場合、仕事でも何でも、妖怪となると元気が出てきて、もう一生懸命になってしまうんです。従って、資料のほうも妖怪ばかりがやけに増えちゃうわけです。

 

<あの世>の世界

(水木)昔は、お寺なんかに行くと、よく地獄・極楽の絵がありましたね。そのせいか、鬼がいるという印象が強いんです。それと、日本では、お盆の行事などに、やはり“あの世”との関連を感じますね。いろいろなものを船に積んで流すわけですけど、それがどこに行くかというと、十万億土とかいわれるわけでしょう。子供心によく分からないながらも、あの海の先にもう一つの世界があるんだな、と思ったわけです。それからまた、祖先の霊がくるというんで、迎え火とか送り火とかをやりますね。そうすると、我々の目にはみえないけれど、ちゃんときているんだなと思うわけですよ。僕自身は、“あの世”と妖怪との直接の関わりというものを、あまり感じたことはないですけど、日本以外では、あの世から飛来してきた妖怪というのは、結構いるようです。そういう意味では“あの世”に対しては、非常に興味はもっています。

 

美とグロテスク

(小松)昔の人たちは、自然の中に神を見、その自然の一部として人間を見ていたわけですから、人間だって同じような霊をもっていると考えていた。自然も人間も神も、いわば同じ一つの土台の上に乗っていたのですが、それが近代になると、人間だけがその土台から降りてしまったわけです。そして、人間は特別な生き物であるという特権を与えられてしまったわけです。

 

<「妖怪の棲めない国はダメになる」水木しげる ロング・インタヴュー>

人間が妖怪をいじめている

・日本で妖怪が減ったのは、電気のせいです。電気で世の中が明るくなってしまった。妖怪というのは、やっぱり闇夜が必要なんです。

 

闇夜が育む妖怪たち

・水木を運んだのは、日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を打ち破った老船「信濃丸」で、彼ら以降、ラバウルに着いた船は一隻もない。すべて撃沈されたため、水木らは永遠に新兵扱いのまま、攻撃の最前線へと送られた。まさに、「死」が必然であった。

 

・水木サンは生まれた時から、妖怪が好きだった。だから、戦争でニューギニアのほうへ行っても、現地の人たちと妖怪の話を自然にすることができた。

 

約3分の2が敵の領土というニューブリテン島で、水木は最も敵に近いココボの陸軍基地に送られた。水木はここでもマイペースを貫いたため、“ビンタの王様”のあだ名がつくほど上官から殴られた。そして、さらに危険な最前線基地トーマからズンゲン、バイエンへと派遣され、バイエンでは到着早々海岸の警備を命じられた。不審番もいつもは上等兵が一番楽な早朝の監視をやり、水木たちは夜中に番をさせられる。ところがその日に限って、上等兵が交代してくれというので、早朝の番に変わった。それが運命の分かれ道だった。

 

・左腕を負傷し、生命が危ないからと二の腕から麻酔なしで切り取られたのです。でも、そのおかげで傷病兵を集めるナマレという後方の野戦病院に移送されることになりました。

 その時感じたのは、人間が持つ「運命」です。

 

・トライ族の住民が用いる貨幣は、カナカマネーと呼ばれる貝殻でした。これを丸い大きな輪にし、二つか三つ持てばお金持ち。その貝殻でタバコの葉やパパイヤと交換するんです。

 

・彼らはあまり働きません。皆、慢性のマラリアにかかっているので、疲れないようにしなければいけない。働き者だとすぐ死んでしまいます。怠け者でないと、生きていけないのです。

 私も慢性のマラリアということで、しょっちゅう身体がだるいとか何とか屁理屈を言って、半年か1年しか軍隊で仕事をしませんでした(笑)。その間、彼らの集落に入り浸っているわけです。そうやって現地の人たちと交流して、バナナなどをたくさん食べていましたから、栄養がついて元気だった。逆に軍隊で真面目に働いていた兵隊は、終戦になってから帰国するまでにバタバタ死にました。水木サンは日本に帰るという時に、向こうの生活が合っているから、そのまま現地除隊させてくれと言った。でも、「日本に帰ってお父さんとお母さんに顔を見せてからにしたらどうだ」と上官に言われ、それもそうだと思って帰国しました。

 

 

 

『水木しげるの妖怪談義』

水木しげる   ソフトガレージ  2000/7/15

 

 

 

荒俣宏  世界のミステリー遺跡に残る妖怪の痕跡

妖怪とは何かっていうと、自分とは何かっていこうことにもなってくるじゃないですか

(荒俣)でも、妖怪の音はものすごく重要なテーマですからね。柳田國男にしても、妖怪研究というのは音の研究ですから、逆に妖怪の姿の話っていうのは、彼もほとんどやっていませんし。

 

(荒俣)水木先生は妖怪研究のためにあちこち旅行してらっしゃいますけど、どこへ行ってもお土産は……たまには仮面もあるけれど………CDが多いですものね(笑)。これは、妖怪のイメージである音をいかに身近に考えるかっていう、新しい水木流のスタイルじゃないかと思うんですけど。

 

・(水木)今までは平田篤胤の説いた死後の世界のような、背後霊だの守護霊だのを落ち着いて考えて、死後も転生して生まれ変わるというから、自分もやがては生まれ変わってなんて、楽しく考えていたんです。けれど、自分とは何かを観察してみると、どうもそういうなまやさしいものじゃないような感じが最近はしてきてね。

 

「妖怪変換」みたいな機能が頭のなかにあって、妖怪の音や名前がそのまま絵に変換されちゃう………

・(水木)というのはね、「私はなぜ妖怪を描くのか」っていうことを考えていたわけですよ。妖怪とは何か、なぜ描くのか、いろいろ前から気づいてはいたんだけど、結局は彼らにこき使われてるというか、もちろん好きでやってるんだけれども、同時に使われてるんです。(笑)そのために私は、土日も休みなしです。

 

・(水木)そう、死。だから、死をむしろ待ち望んでるような感じがね、ちょっとします。ただ問題は、それほどまでにしてなぜ妖怪に使われなくちゃならなかったのかという思いが私のなかにあったわけです。そこから出発して、自分とは何か、という疑問のほうへ入っていく。

 

<人間は、人間が思うよりもすごく不思議な存在なんですから>

・(水木)それでね、どうして妖怪を……もうとっくに卒業してもいいはずなのにね……まるで鞭を当てられるようにやってこなければならなかったのか、となる。そうすると、自分は何かという問題が起こってくるんです。

 

(荒俣)これは恐ろしいことですよ、本当に。そういえばね、僕もずいぶん古い漫画本のコレクターで、昔の本を集めているんですけど、水木さんの本は昔の貸本時代の漫画を、今、お描きになってるものとつなぎ合わせても、そこに流れる迫力とか、あるいは妖怪に対するアプローチの仕方って、まったく変わらないんですよね。

 

(水木)そうなるとある意味で、そういう宇宙人みたいなやつがいて、私を操っているのかなあ、なんて思ったりもするんです。(笑)

 というのは、やっぱり自分の心のなかにも、こんな苦しいことはやめて、もっと開放された生活をしたらどうかっていうのがいますから。でも、実際はそんな生活にはぜんぜんならないわけです。土曜だろうと日曜だろうと、仕事をする。自分自身で抜けられないから、変だ、変だ、と。だから、妖精とは何かっていうよりも、突き詰めれば自分自身の問題になってしまう。

 

神の源っていうのは、やっぱり妖怪だったんじゃないかという感じがするね

(荒俣)つまり、妖怪になっちゃうんですよ。だからおもしろいなあ、と。最初は神を作るつもりだったのが、やればやるほどね。なんていうのかなあ、神の源っていうのは、やっぱり妖怪だったんじゃないかという感じがするんですね。ふつうの感覚ですと、まあ、柳田國男なんかがいっているし、ヨーロッパでも妖怪研究者はだいたい同じようなことをいっていて、「神が零落したのが妖怪だ。だから妖怪ももともとは神で、妖怪を研究すると神になる。神のほうに近づいてくる」っていうんですよね。でも、どうもそうじゃなくて、妖怪は最初から妖怪で、むしろ逆に、人間が神のルーツを探り出していくと妖怪にぶつかるっていうか、妖怪のほうが先にあったんじゃないか、っていう感じですね、シュヴァルの城を見ていてもわかりますし………それをいったのは、結局、平田篤胤ですよね、日本でいえば。平田篤胤が画期的な妖怪学を作ったのは、「すべてのものは最初は神だった」っていう概念よりもむしろ、「すべてのものは最初から妖怪だった」という、この発想法に近いんじゃないかっていう感じがとてもしました。で、水木さんの場合はどうですか?神と妖怪の関係っていうのを、最初はどういうふうに考えてらっしゃいました?

(水木)私もね、「妖怪とは何か?」っていうようなことから連想していくと、どうしても精霊ということを考えざるをえないようです。

 

・(水木)それで、「癒し」をしたり、病気を治したりするわけだけど、私はセノイ族のところで病気を治す精霊を呼ぶための音楽というのを聞いてね、「録音しちゃいかん」っていうのを無理に録ってきて、それでいろいろなことがわかったんです。それが実にいい気持ちのする音なんです。木と竹の楽器だけで2時間くらい聞いていると、おかしな気持ちになるわけです。というのは、私自身が木になったり、石になったりすることができる。で、それと同じことがニューギニアに行ったときにもあったんです。

 

(水木)ええ、精霊っていうのは、ものすごく強大ですね。あの、いろんなことをするっていう意味じゃないですよ。それが、東南アジアにでもどこにでもいてくれるから、人も心地いいんです。それがどうも、実在する神々なんじゃないか、ちゅうことなんです。

 

(水木)それで私もですねえ(笑)、「鬼叫山の拝殿」(広島県)、あそこへ行ってから、よく縄文人の出る夢を見るんですけど、縄文人たちは非常に不満なんです。彼らは今の神の扱い方に非常に不満を持っているようなんです。1万年か2万年前の、本当の神は失われているわけですよ。どうもその、素朴な音でやってくる精霊、それが神だってことをいいたいらしくてね(笑)。

 

「縄文の神を復活させるように」っていう指示がくるんです

(水木)縄文人は、夢とかなんかで私にしょっちゅう通信をしてくるんです。その、どうも今、日本でいわれているようなものとは、神の本来の姿は違っているような気配なんです。どちらかというと、私が見たような、東南アジアとかニューギニアとかにいた精霊たちが本来の神に近いものらしいんです。それで彼らは、現代のように強大になった神々っていうのを極端に嫌うんです。

 

妖怪は、おだやかな精霊信仰に入れっていうことを知らせる存在なのかもしれないですよねえ

20世紀は、霊魂の進歩っていうのは一切やっていなかったんですね

(荒俣)だから、19世紀末ごろにウォーレスとかいろんな人が、人間の霊魂の進歩っていうのは、もう進化論とかそういうものじゃ扱いきれないんで、別のものだっていうヒントをつかんだにもかかわらず、その展開はなかったんですね。

 

西洋人にとっての妖精は、圧倒的に人魚

(荒俣)そうですね。よくいわれるけど、日本の妖怪はほとんどは中国がルーツだっていうことがあるでしょう?それと同じようにヨーロッパの妖怪は、イギリスとフランスなんかは特に接近していて、ベースはほとんどやっぱりケルトが持ってきたんです。

 

エジプトは宇宙人が運んできた文化じゃないか

(シリウス星人)シリウスは全天でもっとも明るく輝く恒星。そのため古代エジプトではナイル河の氾濫を知らせる星として信仰された。そこから、エジプト文明はシリウス星人によってもたらされた、とする説も一部にはある。

 

エジプトでは建物を作るという形で精霊と接触する文明ができたんですね

魂を飛ばすっていうことが、人類が大飛躍する基本だったのかもしれませんね

(荒俣)ええ、だから、2万年から1万年前の人々っていうのは、どういう方法でかわからないけれど、精神的には太陽に行ったり月に行ったりっていうのは、自由にやっていたんじゃないですかねえ……。

 

憑依霊っていう現象がまさに「人間は我思うゆえに我ありじゃないんだ」という証明になっている

人間の脳ではかなりわからん部分が多いってことですねえ

・(荒俣)その「わからん」という部分というのはほとんど、今お話したような精霊関係につながっているんじゃないんですかね(笑)。

 

(水木)森のなかに住んでるセノイ族というのはね、文字とかはないけれど、とても快適なんです。争いごともないです。

 

精霊と妖怪の関係っていったいどうなんだろう?複雑微妙ですよ

・結局、それで妖怪に関心のある人が増えて、精霊とか霊に対する関心も増えることを、きっと背後にいる精霊も望んでるのかもわからんのです。

 

妖怪城を作るという計画はどうなったんですか?

・(水木)おっ、『稲生物怪録』!あの、山本五郎左衛門!

 

・(水木)それでね、山本五郎左衛門の話をするけどね、出口王仁三郎は、書いとるんです、山本のことを。

(荒俣)山本のことを、ええ。

(水木)書きましたねえ。山本は霊界にいるんだって

(荒俣)ははあ……霊界に………王仁三郎は会ったんですか?

(水木)いや、会ったらしい。

(荒俣)あの『霊界物語』に出てくる……?

 

(注;出口王仁三郎)大本教のカリスマ的「聖師」。日本の古神道・新宗教に与えた影響は限りなく大きい。

『霊界物語』出口王仁三郎が口述筆記した全81巻からなる神の書。

 

 

<●●インターネット情報から●●>

(セノイ族の言葉から)

夢の神秘的な力を信じる人々に、セノイ族における夢の技法について。

 

1.セノイ(Senoi)族とは。

セノイ族はマレーシアのマレー半島に住む原住民です。人口は約4万9440人(1996年:推定)。マレーシアの山岳地帯のジャングルに住み、バンド単位で生活を送っています。

そんな彼らの最大の特徴は、夢に対する態度なんです。

 1)1日の大半は夢の話をしている。

 2)村会で夢の討議が行われ、村民全てが自分の見た夢を分かち合い、シンボルや状況の意味を話し合う。日常生活の活動の大半を討議で得た解釈で決定する。

 3)夢の討議において、夢内容をポジティブな方向に解釈することで、次にみる夢をコントロールする。

 

 2.セノイの夢理論の紹介者について。

 彼らが注目を集めたのは、キルトン・スチュアート(1902-65)による「マラヤの夢理論」(1951)が発表されたことによります。スチュアートは1924-40年にかけて世界中を放浪して、1934年頃マラヤ(現マレーシア)に滞在し、セノイ族の夢の技法の調査をしました。

この「マラヤの夢理論」というのがまたUFOから話が始まるという型破りな物なのですが、この論文の趣旨は、セノイ族が平和な部族なのは、彼らが上記の「夢の技法」を用いているから、ということなんです。

 当初、この論文はそれほど注目を集めませんでした。しかし70年代に一躍有名になります。

 

 

<●●インターネット情報から●●>

【大紀元日本8月6日】夢を積極的に活用し、自分の感情をコントロールする人々がいる。

マレーシアの高原に住むセノイ族(Senoi)だ。

 

 研究者らの報告によると、セノイ族は夢の中の世界を現実と同じように重要視する。彼らは夢の中で、同じコミュニティーに住む人間と友人になったり、対峙したりしながら様々な経験を重ね、成長していく。

その一方で、彼らは現実世界においては精神的に成熟しており、控えめで自己抑制ができるため、争いはほとんど起こらないという。

 

 1970年代にセノイ族と長期間過ごした心理学者のパトリシア・ガーフィールド氏(Patricia Garfield)は、彼らのユニークな夢の活用法を報告している。ガーフィールド氏によると、毎朝、親たちは子供にどんな夢を見たのかを聞き、彼らの方法で夢を見るようトレーニングをしていく。たとえば、夢の中で友人を作ったり、敵の集団とも仲良くなって助けてあげたり、それができなければ夢の中の友人と協力して敵を倒したりする。

そのほかにも、夢の中を自由に飛び回るなど、明晰夢(夢の中で、自分が夢を見ていると分かっていること)を存分に楽しむ方法を教えるのだ。セノイ族によれば、人間の体にはいくつもの魂が宿っている。主要な魂は額の内側に存在し、その他の小さな魂は瞳孔の中に住む。

この小さな魂が、恍惚とした状態や寝ているときに身体を抜け出し、夢の中で活躍するという。

 

セノイ族は、夢の中の友人と敵を大切にし、夢の中では積極的に友人を作ろうとする。夢の中で、敵が自分と友人になりたいと申し出るときは、「敵が自分に名前を明かし、自分のために歌を歌ってくれる」という。

もし、夢の中である人物と争いになった場合、夢を見た人は現実世界でそれを解決しようと試みる。

 彼は争った人物に夢での出来事を伝え、自分に非があれば、相手に賠償することを申し出る。夢を活用することにより、「神経症や精神病といわれるものは、セノイ族の中には存在しない…。セノイ族は、驚くほど感情的な成熟がみられる」とガーフィールド氏は報告している。

 

 現在、一部の学者はセノイ族の夢の活用法について否定しており、セノイ族自身も、そのようなことは存在しないと主張している

しかし、多くの人類学者は、セノイ族が非常に警戒心が強く、外国人をあまり受け入れないことを認めている。

そして、セノイ族が彼らの夢の活用法を隠してしまったとも指摘している。