ブログネタ:運命は決められたもの? 自分で切り開くもの?
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自分で決められないもの
1、国、親、家庭(生まれた時の所与の条件)
2、性別(最近そうともいえない部分もあるが。)
3、血液型など
人生は、以上のようなものにどれほど作用され、又、自分で切り開いていけるのだろうか。
私は、この回答は回答者の年齢によって、随分違うのではないかと思います。
これから、社会に旅立とうとする人たちにとって、運命が与えられたものであるなら、余りにも寂しいと思います。
自分で切り開いていくものだと思います。
しかし、人生の終期を迎えようとしている人たちにとっては、又違うものだと思います。
メディアでは、ほとんのどの場合、成功者の努力した話と、一部の怠惰なるがゆえに、現在の状況を迎えている人たちが取り上げられますが、ほとんどの人たちは、老境を迎えるに迄に、相応の努力をしてきて、現在を迎えているのです。そこから先の差は、ほんの少しの努力の差というときもありますが、天賦の才、運に支配されてきて、現在を迎えているのです。その人たちにとって、それは、自分で切り開くための努力不足という言葉で片付けるには、余りにかわいそうな場合も多いのです。
ただひとつだけいえることは、もし、自分で切り開く努力を行わなければ、自分は、やるべきことをやってきたという、最後の心のよりどころさえもえられないということだけは、確かだと思います。
取り留めない、おじさんのたわごとになってしまいました。