引き返せと言う老人 | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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 真夏の暑い日、私は長い坂道を徒歩で上っていた。周りには幾つもの民家が建っているのだが、気温が高い時間帯なので通行人はほとんどいなかった。

 「どこへ行くのだね?」という質問が聞こえてきたので私は周りを見回した。一人の老人が民家の門前に置かれた椅子に座って私を上目遣いに見つめてきていた。私はその顔を見て既視感を覚えた。

 「坂道を上っているのですよ」と私は返事をした。

 「ここから上へは行くな。引き返せ」と老人は命令してきた。

 私は老人と目が合ってからのすべての瞬間に対して強い既視感を覚えていた。まるで何万遍も繰り返されてきた会話のようだと思った。もし老人の命令通りに引き返したとしたら現状とは異なる展開になるのだろうかという疑問が頭の中に浮かんできた。しかし、私は今までと違う行動を選択してみる勇気が出なかった。坂道を下るという行為に対して恐怖を感じていた。

 それで、私は老人から目線を逸らして黙ったまま坂道の上の方向へと足を踏み出した。いずれまた真夏の暑い日にこの坂道で同じ老人に呼び止められるのだろうと考えていた。

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