真夜中に自宅の一室で林檎を描いていた。数日前から描き始めた静物画だったが、未だに完成には至っていなかった。あまりにも時間を掛け過ぎているので私はその絵がいずれ完成するとは信じられない心境に陥りつつあった。何度も赤色を塗り重ねてはいるのだが、完成に近付いているという手応えはまったく得られていなかった。
ずっと林檎しか描いていないので画面が隅々まで赤色に染まっていた。様々な試行錯誤を重ねている間に徐々に果実の芳醇な匂いを想起させるような色合いにはなってきていたが、それは林檎よりも桃や蜜柑に近いように見えていた。私は林檎が果てしなく遠いと感じていた。それで、いっそ桃か蜜柑の絵にしようかと考え始めていた。
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