漆黒の人影 | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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 今日、正午付近の時間帯、街角で数カ月振りに人影を見掛けた。細身の女性だった。黒い衣服に身を包んで歩いていた。遠くて顔立ちまでは確認できなかったので知り合いかどうかはわからない。こちらの存在には気付いていない様子だった。私はふと人恋しい気分というものを思い出し、それと同時に切なさが筋繊維の微細な振動や伸縮を伴って体中を駆け巡っていった。咄嗟に足を止め、その小さな姿を食い入るように凝視した。興奮しているせいで一瞬ずつが普段よりも間延びして感じられた。私の無意識はこれが貴重な状況である事を言われるまでもなく承知していた。
 
 そして、間延びした一瞬ずつの隙間を利用して私はその女性に話し掛けるべきか逡巡した。衝動だけに従うならば私は己の存在を声高に主張しながら一目散に彼女との距離を縮めただろう。しかし、実際には何の行動も起こさなかった。私は自身が大いなる孤独と一体化したかのように感じていた。何か途轍もなく重苦しい背景に心が絡め取られて離脱できないという事実に気付かされた。自らの意志がまったくの無力である事を思い知り、ひどく惨めな気持ちにさせられた。いっそ巨大な孤独の奥深い場所に隠居したまま外部の世界を知らずに済ませられた方がどれだけ幸運だっただろう、と考えた。
 
 私は溜め息を漏らし、もはやその人影が視界から消え去るのも待たずに帰路に着いた。

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