俺は煙草を喰わえ、その先端にライターの火をゆっくりと近付けた。点火させるタイミングに合わせて長く静かに息を吸い込む。すると、ほどなく煙が口内に充満する。そのまま熱を失う間もなく肺に直行していく。おそらく気管の内膜などにも触れただろうが、その一本だけで肉体が朽ち果てるわけではない。おそらく本人にもはっきりと自覚させない程度の遅々とした速度で汚染されていくのだろう。
実際、鼻の穴から紫煙が出ていく様子を眺めていても禍々しい印象は少しも受けない。素直に自分の欲求に応えたまでの事である。そして、その欲求がなければ俺はどんなに暇を持て余していただろう？この世界に煙草がなければ人生はどんな具合になっていた事だろうか？もちろん一本ずつの有無なら大した影響はないに違いないが、人生全体の喫煙時間で考えてみると馬鹿にならない。ひょっとすると長大な時間を前にして茫然と立ち尽くし、退屈のせいで気分が湿りがちになっていたのではないか？そして、そんな事態になったら俺は自分自身をつまらない人間と見なして失望した事だろう。
結局のところ俺は無駄な時間を削り取ってくれる何らかの便利な道具を欲しているわけで、それは差し当たって喫煙だろうが、パチンコだろうが構わないのではないか？やがて死が訪れて俺に与えられている時間をすべて強奪していくだろうが、それだってひょっとしたら心中のどこかで密かに待ちわびていた事態かもしれないのだ。まぁ、心の奥底までは俺自身にもはっきりとした事はわからない。
ただ、喫煙が死のイメージと結び付きやすくなった原因は、科学者連中が煙草に有害物質が含まれている事を証明したせいだろう。時として科学の成果は無粋な結果を引き起こすものだ。どうせなら人体に無害な煙草を発明すれば良いものを。
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