訪問して下さり

ありがとうございます


ブログ更新が遅れて

大変申し訳ございません


本日もどうぞ

宜しくお願いします




イエスが家で食事の席に着いておられた時のことである


多くの取税人や罪人達が来て、イエスや弟子達と共にその席に着いていた


パリサイ人達はこれを見て、弟子達に言った


「なぜ、あなた方の先生は、取税人や罪人などと食事を共にするのか」


イエスはこれを聞いて言われた


「丈夫な人には医者は要らない、要るのは病人である『わたしが好むのはあわれみであっていけにえではない』とはどういう意味か学んで来なさい


わたしが来たのは、義人を招くためではなく罪人を招くためである」









イエス様が招いているのは

罪人です



イエス様に従う人は

罪の自覚をする人

という構造になっています



だからイエス様の話を聞いて

自分には罪がないと思うなら

招かれていないのです



実際に罪がない人は

いないのですが

素直に受け入れないで

罪の自覚がない人は

イエス様を受け入れることが

できないようになっています



正しい人になる必要は

ないです



ただ自分の罪を負うて

素直にイエス様に従って行けば

いいのです



信仰して正しい人になったと

自認するなら、その時から

イエス様を必要と

しなくなります



イエス様を必要としない道は

迷いの道なのです

弥栄はないのです



神様を必要としないことが

罪なことなのです



正しい人は正しい教師を

必要としません



教師を必要とするのは

正しくない人です



人は完璧ではありません

神様だけが完璧です

イエス様だけです



信仰すると

自分の多くの罪に気づく

罪深いと思えるからこそ

従い続けるのです



それも自分の心次第です



いけにえでは救われません

あわれみの心でなければ

救われないのです



イエス様に学べば

いけにえよりも

あわれみを選ぶはずです



イエス様のあわれみによって

救われるのですから

あわれむ者があわれんで

もらえるのです



イエス様も洗礼者ヨハネも

悔い改めよと申してあります



人はまだまだ自分の正しさを

持っている証拠です



素直にイエス様に

従うようになるまで

人は自分の正しさに

苦しむのです



素直にイエス様に従うことが

楽な道となります



イエス様の御国が来ますように


イエス様の御心のままに

なりますように


多くの人々に

祝福がありますように


本日は以上です

ありがとうございました