熊五郎の枚方日記2
  • 21Feb
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      チキンラーメン・玉子入と冷凍おにぎり~

      冷凍おにぎりは、ご飯が残ったのを、ラップに包んで冷凍していたものですが、これがまた「おいしい」~ぐるりひらかた You Tubeひらかた便利ネット http://www.hirakata.biz/光善寺本堂修復応援商品好評発売中

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      「ぐるりひらかた」スタートしました〜

      「ひらかた」の街や、グルメを、いろいろ御紹介します。大阪府枚方市~山田池の畔です。第一回は「餃子の王将~お家食べ」です。金曜日の特売日に、生餃子を買いまして、お家で、ぐるっとま~るく焼いてもらいまして、老夫婦で、仲良く晩ごはんに食べている様子です。「餃子の王将~お家食べ」~ぐるりひらかた

  • 20Feb
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      最強「お家たこ焼き」~

      ネギ・かつお節・マヨネーズ~お家なので「何でもあり」です~ひらかた便利ネット http://www.hirakata.biz/光善寺本堂修復応援商品好評発売中

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      『蓮如上人と光善寺』その187 真宗大谷派 淵埋山 出口御坊 光善寺刊(大阪府枚方市)

      『蓮如上人と光善寺』その187真宗大谷派 淵埋山 出口御坊 光善寺刊(大阪府枚方市) 往相(おうそう)・還相(げんそう)の二回向(にえこう)は、すべて一切衆生の苦悩を救い、往生せしめたいとの如来大悲のおんはたらきである。だから、「回向を首(しゅ)として大悲心を成就することを得たまえるがゆえに」と言われたのである。すなわち、如来が本願力をもってお念仏の大行を回施し、私たちの煩悩の衆生をともに浄土に往生せしめて下さるおんはたらきが往相回向(おうそうえこう)の功徳(くどく)。そして、浄土から来生(らいしょう)して自在に私たちを教化し、ともに仏道へと向かわしめたもう如来のおんはたらきとしての還相回向(げんそう回向)の功徳(くどく)が、往相回向の背景となっていると教えられる。 したがって、如来の往生回向、如来の還相回向(げんそうえこう)であって、往還(おうげん)二種の回向は同時なのである。二種の回向は如来の恩徳であり、我ら衆生にあっては、自力の心をひるがえして本願を信受するという回心(えしん)から、本願行信の念仏による往生生活があるのみである。 蓮如上人は、これをわかりやすく「阿弥陀如来の御たすけ」とお教え下さったのであろう。安田理深師は、「仏とは名詞ではなくて動詞だ」、つまり絶えず衆生へはたらきかけている存在と語られたのは、誠に意義深い教えと憶われる。出口光善寺市民の会 You Tube光善寺本堂修復応援商品好評発売中出口御坊光善寺本堂修復事業応援市民の会

  • 19Feb
  • 18Feb
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      Go To ラーメン~

      緊急事態ではありますが、このラーメンは、お家では無理なので、食べに行きました〜ひらかた便利ネット http://www.hirakata.biz/光善寺本堂修復応援商品好評発売中

  • 15Feb
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      お家「お好み焼き~」

      最近の、お店のお好み焼きは、「ふわふわ・ぐにゃぐにゃ」しています。そういう流行なのでしょうが、やはり「しっかり」焼いて頂きたいものですね~ひらかた便利ネット http://www.hirakata.biz/光善寺本堂修復応援商品好評発売中

  • 14Feb
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      お家天津飯~

      熊五郎のごちそうで、ステイホームも辛くありません~ひらかた便利ネット http://www.hirakata.biz/光善寺本堂修復応援商品好評発売中

    • 『蓮如上人と光善寺』その186 真宗大谷派 淵埋山 出口御坊 光善寺刊(大阪府枚方市)の画像

      『蓮如上人と光善寺』その186 真宗大谷派 淵埋山 出口御坊 光善寺刊(大阪府枚方市)

      『蓮如上人と光善寺』その186真宗大谷派 淵埋山 出口御坊 光善寺刊(大阪府枚方市) 中国の善導大師は、その著『観念法門(かんねんほうもん)』や『往生礼賛(おうじょうらいさん)』で、この「乃至十念」を「下至十声(げしじっしょう)」と読まれた。すなわち、『観無量寿経』の「下品下生(げほんげしょう)」の項にある「声をして絶えざらしめて」の言葉から、「十念」の語と「十声」の語とが、その義が同一であると釈されたのである。また、親鸞聖人も『唯信抄文意(ゆいしんしょうもんい)』で、 念と声(しょう)とは、ひとつこころなりとしるべしとなり。念をはなれたる声なし。声     をはなれたる念なしとなり。と教えて下さっている。一方、内なる思いが、おのずと外に態度や声となって現れるという一例として、平兼盛の次の秀歌も、よくこの心を伝えていて微笑ましい。 しのぶれど 色に出にけり わが恋は ものやおもうと 人の問うまですなわち、金剛の信心を得た人には、おのずから称名念仏の備わることが教えられる。信心の体は名号であり、言行一致の行者、つまりは本願の生活者の姿を、この「念称是一」の言葉から学ぶべきであろう。 一方、『相伝義書』の『深解別伝(じんげべつでん)』「行巻」によれば、「称(しょう)」は「かなう」と訓ずる。「願力になかえば三業にあらわれ、浮かむに浅深(せんじん)なきなり―」と示される。すなわち、仏願にかなうという心が大切である。凡夫が忙しくして終日称念できずとも、しかも称名憶念はたえぬなりと教えられる。声に出す称名に必ずしもこだわらず、本願の名号が正定(しょうじょう)の業(ごう)であること、正定の因が唯信心であることを、深く心底に留めた生活者になることが第一の教えである。 註1、下品下生(げほんげしょう)―「九品(くほん)往生」の一つ。『感無量寿経』では、浄土に往生する機(衆生)に九段階の差別が立てられる。上品(じょうほん)の上生(じょうしょう)・中生(ちゅうしょう)・下生(げしょう)、そして中品(ちゅうほん)、下品(げほん)も同じようにして、九段階が設けられる。その最下位の機の往生を下品下生という。五逆十悪などの不善業(ふぜんごう)の愚人(ぐにん)が、臨終におよんで善知識(ぜんじしき・よき師)に遇い、十念称名して往生することから、低下(ていげ)の凡夫往生のことをいう。(三) 二種の回向は如来の恩徳 第三十七条―「回向(えこう)というは、弥陀如来の、衆生(しゅじょう)を御(おん)たすけをいうなり」と、おおせられそうろうなり。 自己が努力して修業する善根(ぜんこん)をもって仏の覚りを得るというのが、従来の聖道門(しょうどうもん)仏教の回向の解釈であり、それを自力回向という。浄土真宗いう回向とは、苦悩する我ら衆生をたすけ遂げんとの如来の大悲の願心の御はたらきのことで、他力回向という。 親鸞聖人は、その著『三経往生文類(さんぎょうおうじょうもんるい)』において、『大無量寿経』下巻の「本願成就文」から、次のとおり「称名信楽(しょうみょうしんぎょう)の悲願成就(ひがんじょうじゅ)の文」として引用しておられる。   『経』に言(のたま)わく、「十方恒沙(じっぽうごうじゃ)の諸仏如来(しょぶつらょらい)、皆共(みなとも)に無量寿仏(むりょうじゅぶつ)の威信功徳(いしんくどく)の不可思議なるを讃嘆(さんだん)したまう。諸有衆生(あらゆるしゅじょう)、其(そ)の名号を聞きて、信心歓喜(しんじんかんぎ)して、乃至一念(ないしいちねん)せん、至心(ししん)に回向したまえり。彼(か)の国に生(う)まれんと願(がん)ずれば、即ち往生を得(え)、不退転に住(じゅう)せん」                               (『真宗聖典』468頁―書き下し文とした) 通常、「回向して」と読むところを、親鸞聖人は、「回向したまえり」と読まれたことで、純粋な他力回向の義が決定的に成立したと曽我量深師によって教えられた。 たのむ一念発起(ほっき)のときにこそ、「われ汝をたすけて喜ぶ」との、本願の声が向こうから聞こえてくるのであろう。出口光善寺市民の会 You Tube光善寺本堂修復応援商品好評発売中出口御坊光善寺本堂修復事業応援市民の会

  • 12Feb
    • 小さいおはぎ・2色~の画像

      小さいおはぎ・2色~

      嫁さんは「小さくて2色が好い」といいますが、熊五郎的には「1個でも大きいの」と思っていますひらかた便利ネット http://www.hirakata.biz/光善寺本堂修復応援商品好評発売中