カトリック鈴蘭台教会

【1】新たなる挑戦者

 黒龍の挑戦を退け、弥勒菩薩一行は再び閻浮提(えんぶだい)への下向を開始しました。その彼等の前に十二人の人影が現れました。「何者だ!」と誰何(すいか)する秀二。「人間の姿をしているが人間ではない。さりとて邪悪な魔物達でもない。」彼等を見つめながら秀二が考えていますと、そのうちの一人が前に進み出て「弥勒菩薩様ご一行が閻浮提に下向されると聞きまして推参いたしました。我等は然(さ)るお方に仕えし十二使徒でございます。私の名はパウロ、弥勒菩薩様にお願いが有ってまかり越しました。」と言いました。「然るお方とは?」と尋ねる秀二。「その儀はいずれお分かりになるでしょう。ここでその方の名を明かすことはご勘弁願います。」とパウロ。「いかがいたしましょう?」と弥勒菩薩に尋ねる秀二。弥勒菩薩は前に進み出て「してパウロ殿、私に願いとは何ですか?」と尋ねました。「我等十二使徒、然るお方に仕えながら日夜武芸の鍛錬(たんれん)に励んでまいりました。聞くところによりますと、お供の秀二殿配下に十二神将有りと。是非ともその方々と立ち会わせて頂きたく参上したようなわけでございます。」とパウロは言いました。「十二使徒対十二神将の対戦ですか、秀二はどう思いますか。」と弥勒菩薩は秀二に尋ねました。「我が配下の十二神将も日々研鑽(けんさん)を積んでおります。挑戦を受けて逃げるわけにはまいりません。是非、立ち会わせて頂きたく存じます。」と秀二は答えました。「分かりました。では審判は空海が務めなさい。秀二では相手が不公平と感じるでしょうから。」と弥勒菩薩は言いました。

【2】十二神将対十二使徒

 秀二は橘逸勢から紙と筆を借り出場する十二神将の順番を空海に提出しました。十二使徒ではマルコという者がペンで紙に書いた順番を空海に渡しました。

①服部半蔵対シモン

 神将は伊賀忍軍、服部半蔵、懐手(ふところで)をして相手の出方を見ています。対する使徒シモンは両手に手槍を持ちゆっくりと半蔵に近づいて行きました。半蔵、横にすっと移動し十字手裏剣を投げつける。シモンそれを手槍で叩き落す。秀二は「あのシモン、手槍を自在に操っている。なかなかの腕前だ……。」と呟きました。半蔵、今度は忍び刀で切りつける。シモンが手槍でしのぐ。すっと後ろに下がる半蔵、懐に手をやり飛苦無(とびくない)を投げようとしたその時シモンが手槍を投げました。半蔵がそれを躱した瞬間その陰からもう一本の手槍が飛んで来ました。半蔵避け切れません。もちろん当たっても弥勒菩薩の通力が聞いていますので大丈夫です。「手槍の陰に隠してもう一本の手槍を投げるとは恐るべき奴……。」秀二は絶句しました。「この勝負、シモン勝ち。」空海が宣言しました。

②宍戸梅軒対タダイ

 神将宍戸梅軒(ししどばいけん)、八重垣流鎖鎌(くさりがま)の使い手です。対する使徒タダイは剣で相対します。宍戸梅軒、分銅を回しながら相手の攻撃を待ちます。タダイは初めての鎖鎌の使い手との対戦に戸惑いながらも切りかかりました。宍戸梅軒がその剣めがけて分銅を投げつけました。分銅は狙い違わずタダイの剣に絡みつきます。タダイが分銅を外そうとした時、宍戸梅軒一気にタダイに詰め寄りました。タダイ間に合わない。タダイが剣に絡みつく鎖を振りほどいた時には宍戸梅軒の鎖鎌が襲い掛かっていました。鎖鎌はタダイの首の手前でぴたりと止まりました。「この勝負、宍戸梅軒の勝ち。」と空海は言いました。

③沖田総司対小ヤコブ

 神将沖田総司は天然理心流の使い手です。対する使徒小ヤコブは二又の戟で相対します。両者激しく打ち合います。幾度目かの打ち合いの後、絡み合った刀と戟、沖田総司が押し込む。押し込んだ形勢からすっと離れた瞬間沖田総司の刀が小ヤコブの戟を跳ね上げました。そして戟を跳ね上げた刀をそのまま打ち下ろす。沖田総司の刀は袈裟懸(けさが)けの手前でぴたりと止まりました。「この勝負、沖田総司の勝ち。」空海が宣言しました。

④那須与一対トマス

 神将は下野(しもつけ)の住人那須与一(なすのよいち)、長弓の使い手です。対する使徒トマスは剣と盾を持ち相対します。那須与一、弓を弾き絞りトマスに向かって矢を射ました。トマス盾で受けながら前進。那須与一連射。トマス盾で受けながら更に前進。トマスが近づいてきた段階で那須与一、竹製の矢から鉄製の矢に変えました。那須与一、長弓を大きく引き絞って動きません。トマスもうかつには近寄れません。近寄れば近寄るほど矢を避けるのが難しくなるからです。トマス覚悟を決めて一気に間合いを詰める。大きく引き絞った弓から矢が轟音(ごうおん)を立ててトマスに襲い掛かる。夢中で盾で身を庇うトマス。砕け散る鉄の盾。しかし矢はそのまま地面に落ちトマスには届かない。間合いに飛び込むトマス。二の矢は間に合わずトマスの剣が那須与一の胴の手前でぴたりと止まる。「この勝負、トマスの勝ち。」と空海は言いました。

⑤猿飛佐助対バルトロマイ

 神将猿飛佐助、真田忍軍にして甲賀流忍術の使い手です。使徒バルトロマイ剣と盾で相対します。猿飛佐助、忍び刀を構え横に移動。バルトロマイ追う。猿飛佐助反転し反対方向に移動。バルトロマイ対応出来ずバランスを崩したところを猿飛佐助が切りつける。かろうじて盾で受けるバルトロマイ。すっと後ろに下がった猿飛佐助、飛苦無(とびくない)を投げつける。これも盾で受けたバルトロマイ。次の瞬間左右から猿飛佐助の八方手裏剣が襲い掛かる。バルトロマイ避け切れない。「この勝負、猿飛佐助の勝ち。」と空海が宣言しました。

⑥佐々木小次郎対マタイ

 神将巌流佐々木小次郎、長刀(ちょうとう)の使い手です。対する使徒マタイ三叉の戟で相対します。巌流佐々木小次郎、得意の燕返しを狙い正眼に構えます。しかしマタイ動かずじっと構えて佐々木小次郎を待ちます。燕返しは相手の攻撃に対する返し技ですから相手が攻撃してこないと使えません。止むを得ず佐々木小次郎長刀を上段に構えて切りかかる。三叉の戟で受け流すマタイ。こうした攻防を幾度か繰り返した後マタイの戟が小次郎の長刀を抑え込みました。その瞬間マタイが体当たり。体勢を崩した小次郎にマタイが三叉の戟を突き付けました。「この勝負、マタイの勝ち。」空海が宣言しました。「三叉の戟か……。」小龍が呟きました。

⑦胤舜対ピリポ

 神将胤舜(いんしゅん)は宝蔵院流の長槍の使い手です。対する使徒ピリポは剣で相対します。胤舜の鋭い突き。しかしピリポ上手く躱していきます。業を煮やした胤舜、今度は長槍を大きく振り回しながらピリポに近づく。しかしピリポ長槍が通り過ぎた瞬間に素早く間合いに飛び込み剣で襲い掛かる。胴の寸前でぴたりと止まるピリポの剣。「この勝負、ピリポの勝ち。」と空海が言いました。「胤舜の奴、僧侶のくせに短気を起こしおって……。」秀二が呟きました。

⑧西郷四郎対アンデレ

 神将西郷四郎、講道館柔道の達人です。西郷四郎は手に鉄の手甲を巻いている以外は武器は身に付けていません。対する使徒アンデレは剣で相対します。アンデレ、西郷四郎が何かを隠し持っているのではないかと用心して剣を構えたまま動きません。西郷四郎が寄って行く。慌てて切りかかるアンデレ。鉄の手甲で剣を弾いた西郷四郎、アンデレの胸ぐらを掴むや否や技を繰り出しました。「出たあ、山嵐!」道真が叫びます。吹っ飛ぶアンデレ。「この勝負、西郷四郎の勝ち。」空海が宣言しました。

⓽塚原卜伝対ヨハネ

 神将は鹿島新当流の達人、塚原卜伝(つかはらぼくでん)。剣聖と謳(うた)われる無双の剣の使い手です。使徒ヨハネは槍で相対します。塚原卜伝、刀を正眼に構え身動(みじろ)ぎもしません。「隙(すき)が無い。」焦るヨハネ、額から汗が噴き出します。ずいっと前ににじり出る塚原卜伝。じりじりと後退し追い詰められていくヨハネ。「もはや、これまで。」と観念したヨハネが覚悟を決め、捨て身で攻撃しようとした時、異変が起こりました。「ズビズバー!」突然、塚原卜伝が叫び踊りだしました。実は塚原卜伝、二十世紀のテレビを愛好しているうちに当時売り出していた左卜伝という爺さんと人格が交じり合ってしまい、時々人格が入れ替わるのです。一瞬あっけにとられていたヨハネ、はっと気を取り直し槍を構えます。「隙だらけだ。」と呟くヨハネ。ヨハネの繰り出す槍に「止(や)めてけれ、止めてけーれ、ズビズバー。」と歌いながら逃げ回る左卜伝。空海が宣言します。「この勝負、ヨハネの勝ち!」

⑩東郷重位対大ヤコブ

 神将東郷重位(とうごうちゅうい)、薩摩示現流(さつまじげんりゅう)の使い手です。使徒大ヤコブ、剣で相対します。両者構えてしばらく睨み合っていましたが、大ヤコブが切りかかろうとした瞬間、すっと東郷重位が刀を振り下ろしました。「相変わらず早い初太刀(しょだち)だな……。」秀二が呟きました。大ヤコブが躱す間もなく肩の手前でぴたりと止まる東郷重位の刀。呆然とする大ヤコブ。「この勝負、東郷重位の勝ち。」空海の声が亜空間ゲートに響き渡りました。

⑪柳生十兵衛対ペテロ

 神将柳生十兵衛、柳生新陰流の使い手です。対する使徒ペテロ、巨漢の体躯に三叉の戟で相対します。柳生十兵衛、正眼の構え。ペテロ、構わず襲い掛かる。猛烈なペテロの攻撃。かろうじて受け流す柳生十兵衛。「あの攻撃!まるで奴のように鋭く重い。」小龍が呻(うめ)きました。使徒マタイも三叉の戟を操っていましたが、それとは比べものにならない重い岩のようなペテロの攻撃に柳生十兵衛、遂に刀を弾き飛ばされます。「この勝負ペテロの勝ち。」空海が宣言しました。

⑫新免武蔵対パウロ

 神将新免武蔵、二天一流の使い手、二刀流で相対します。対する使徒パウロ、双竜剣を構えます。二刀を使った新免武蔵の攻撃、上下左右から異なる刀がパウロを襲う。それを双竜剣で受け流すパウロ。「あれは南斗鳳凰剣!何故奴がこの技を?」小龍は驚きました。その技は黒龍に及ばないものの武蔵とはほぼ互角でした。パウロが攻守を変え北斗七星剣で切りかかる。「北斗七星剣までも……。」絶句する小龍。鋭いパウロの攻撃、だが両手を自在に使う新免武蔵、動じることなくその攻撃を撥ね返す。両者の攻防は果てしなく続きましたが、新免武蔵の剛剣が僅かに勝りました。新免武蔵、左手の剣でパウロの剣を跳ね上げる。そのまま剣を返しパウロの胴の手前でぴたりと止まる新免武蔵の剣。「この勝負、新免武蔵の勝ち!」空海が叫びました。

【3】十二使徒の行末

 「よって、十二神将対十二使徒の対戦は六対六の引き分け!」空海が宣言しました。パウロが進み出て「弥勒菩薩様、秀二殿、十二神将の方々、かたじけのう御座いました。これにて我等は然るお方から命ぜられた使命を果たすことが出来ました。もはや思い残すことはございません。さらばでございます。」と言って他の十二使徒と共に頭を下げました。そしてそのまま彼等は塵となって消えていきました。「これは一体?」と驚く秀二。「彼等は魑魅魍魎(ちみもうりょう)が年の功を経て人間の体を成していたものです。何らかの形で寿命の尽きるのを抑えていたのでしょうが、十二神将と戦うことによってその使命を果たし、呪縛が解かれたのでしょう。」と弥勒菩薩は言いました。「秀二、彼等はどこに行ったんだい?」と小龍が尋ねました。「彼等がどうなったかは私には分からない。彼等は私の通力の埒外(らちがい)の存在のようだ。」と秀二は答えました。「三世の因縁を見通す秀二にも分らない?」怪訝(けげん)な顔をして小龍は弥勒菩薩を振り返りました。弥勒菩薩は静かに首を横に振り「私にも分かりません。この三千大千世界だけがすべての世界ではないのです。重なり合う別の次元、別の宇宙には我々の認識の及ばない世界が有るのです。彼等はその世界に転生したのかもしれません。」と言いました。「重なり合う別の次元……。」と小龍は呟きました。