YG源義経黄金伝説■一二世紀日本の三都市(京都、鎌倉、平泉)の物語。平家が滅亡し鎌倉幕府成立、奈良東大寺大仏再建の黄金を求め西行が東北平泉へ。源義経は平泉にて鎌倉を攻めようと
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源義経黄金伝説■第63回★★建久六年(一一九五)三月 奈良興福寺大乗院、宿にいる源頼朝の娘大姫のもとを、尼姿の静が密かに訪れてきた。
源義経黄金伝説■第63回★★
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・Manga Agency山田企画事務所
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■ 建久六年(一一九五)三月 奈良東大寺
その夜、奈良興福寺大乗院宿泊所にいる大姫のもとを、尼姿の静が密かに訪れてきた。
「どうしたの、静。その尼の姿は、和子はどうしたの」
静は出家し、大原寂光院のそばに庵いおりをいとなんでいる。
すべては西行の手配りであった。
「和子は、私の手元にはおりません。今でも鎌倉でございます」
静には、わざと子供の行方を聞かされてはいない。
「何、鎌倉ですと。母上は約束を守らなかったのか」
「いえ、政子様は、こうおっしゃったのです。子供の命は助けると申した。
が、その子供をお前に預けるとは、言ってはおらぬ」
「では、和子は…」
「生きております。が、義経様に対する備えとして」
「人質として、が、義経様は亡くなったのでは」
「いえ、まだ、みちのくに生きているという噂、風の便りに聞きました。
頼朝様は、その噂が恐いのでございます」
大姫はしばらく口を噤んでいる。
「いいがなされました。大姫様」
「静、お前に会えるのも、これが最後かも知れぬ」
「何を心細いことをおおせですか。まさか…」
「その、まさかですよ。静、私にはお前のように心から強くはない。父上、母
上の顔を立てなければならぬ」
「お逃げなされ、大姫様」
「私は、もう生きる希望を失っています」
「…」
「ずっと昔、あの志水冠者しろうかじゃ殿が、父上の手にかかってから
というもの、私は死者なのです」
木曽義仲の息子であり、大姫の夫志水冠者は、頼朝の手で殺されていた。
1184年元暦元年4月の事でありもう十一年の歳月がすぎていた。
十一年の間、大姫はその姿を心にひきづって生きている。
「そこまで、もう長くは、私は生きていますまい。静、どうか私の来世を祈っ
ておくれ」
「大姫様」
二人の女性は、鎌倉の昔と同じように、両手を握りあわせ、各々の運命の苛
酷さを嘆きあう。
■
「北条政子様、どうぞ内へ入られませ。あのお方がお待ちでございます」
磯禅師は、京都のとある屋敷へと、政子をいざなう。
「この方が丹後局様、皇室内のこと、すべて取り仕切られております」
無表情というよりも、顔に表情を表さぬ蝋人形のような美女が座っている。
流石の政子も思わずたじろぐ。底知れぬ京都の、連綿と続く力を背後に思わせ
た。
丹後局は、白拍子あがりだが、後白河法王の寵愛を受け、京と朝廷に隠然たる
勢力をいまでももっている。いわば後白河法王の遺志の後継者である。
「これは、はじめてお目見えいたします。私が北条政子、源頼朝が妻にございます」
政子は、深々と頭を下げた。目の前にいる女に頭を下げたのではない。あく
までも京都という底力に対してだ。そう、政子は思った。
「磯禅師より聞いております。大姫様の入内のこと、すでに手筈は調っており
ます」
「え、本当でござりますか」
「が、政子殿。大姫様入内の前に、こちら側よりお願いしたき儀がございま
す」
「何でございましょう。私ごときができることでございましょうか」
「無論、お出来になるはず。源頼朝様にお力をお貸しいただきたいことがござい
ます」
丹後局は少し間を置いた。
焦らしているのである。
次の言葉が、政子には待ち遠しく思えた。
「それは、一体…」 思わず、政子の方から口を切っている。
「いえいえ、簡単なことでございます。征夷大将軍の妻たる平政子殿にとって
はな」
再び丹後局は黙り込む。京都の朝廷で手練手管を酷使している丹後局で
ある。
丹後局は磯の禅師と同じ丹波、宮津の出身だった。
交渉力においては、まだ新興勢力である北条政子の及ぶところではない。
「摂政、九条兼実殿を、罷免していただきたい」
「何をおっしゃいます、兼実殿を…」
九条兼実は、頼朝派の味方になった政治家だったのである。
■
北条政子が不在の折、興福寺大乗院前の猿沢の池で、頼朝と大姫は、舟遊びを楽しもうとしていた。
猿沢池の両側に興福寺、反対側に元興寺、両方の五重の塔が威厳を誇っている。
興福寺は藤原氏の氏寺。元興寺がんこうじは、蘇我氏の氏寺である。
奈良猿沢の池を中心に奈良平城京ができた折りの政治状態が反映されている。今また新 しい新興勢力である鎌倉源氏が、この奈良古京こきょうに乗り込んで自らの政治勢力を固持している。
かがり火が、こうこうと照らされ、興福寺五重の塔が照り映えている。
この船遊びは、気鬱の大姫のために頼朝が考えたのだ。
が、池の舟のうえで、事はおこる。
「よろしゅうございますか、父上。大姫はもう、この世の人間ではございませ
ぬ」
湖の周りには、奈良以来の雅楽が演奏されている。空気はぴんと貼りつめ、篝
火の届かぬ空間のその闇は深い。
「大姫、何を急に、、おまえは狂うたか」
頼朝は、我が娘を別の目で見ている。篝火に照りはれる大姫の顔は尋常では
ない。
「狂っているのは、父上の方です。私は、私です。お父上の持ち物ではござい
ませぬ」
「むむっ、口答えしよって」
「私は、いえ私の心は、志水冠者様が、父上によって殺された時から、死んで
おります」
大姫は舟の上から、体を乗り出している。
「いとおしき志水冠者様、いまあなたの元に、この大姫は参り増すぞ」
「大姫、何をする」
「いえ、父上。お止めくださるな。父上が静の子供を死なしたようにするので
ございます」
言い終わると、大姫の体は、波の中に飲み込まれていた。
「ああ、大姫」
源頼朝の腕かいなは、空をつかむ。
重りをつけた大姫の体は、猿沢池底の闇に深く巻き込まれている。
頼朝の両手は届かなかった。大姫の心にとどかなかったのと同じように。
■
「さあ、お言いなされ、母上。何を大姫様におっしゃったのですか」
静は母親、磯の禅師を非難している。
「この子は、何を急に、言い出すのか。大姫様が、いかがいたした」
「母上、私は、幼き頃より、母上の身働きを存じております。それゆえ、この
度、大姫様が入水自害をされた…」
「何、大姫様が入水自害された…」
禅師は驚いた表情をする。呆れ果てたように、静は告げる。
「それほど、大姫様が憎うございますか」
「何を申す。これは源頼朝殿を滅ぼさんがためぞ。お前、義経殿を殺させた、源頼朝殿が憎くはないのか」
禅師は厳しい表情をし、声をあらげている。
「そ、それは、義経様を…、殺させた頼朝殿は憎うございます。が、大姫様を
なぜに殺された」
「愛姫だからのう。それに、頼朝殿の血が、京と天皇家に入内せしこと防がねばなりません」
「それは、京都の方からの指令でございますか」
禅師は答えぬ。
(続く)
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