私は今仕事で発達障害の子の保育に関わらせてもらっている。

そこで、よく周囲の大人から

 

「もう少し早く親が障害を受け入れて対応していたら、もっとどうにかなっていたかもしれないのに」

「将来何か出来ることを大人が見つけてあげれたらいいんだろうけど」

 

というような事を言われると凄く困る。

発達障害であろうがなかろうが、その子が生まれてきたということは幸せになる力があるということだと私は思っているし、大人がその子の将来を決めてあげるのではなく、その子が決めるのだ。その子を弱者(可哀想な人)にしてはいけない。

そう大人が思って育てればその子はそういう方向に進む可能性も高くなるだろう。

確かに、今は言葉が話せなかったり、言葉の意味が理解できなかったり、注意力散漫だったり、人との距離感が分からなかったり、排泄行動ができなかったり、色々なハードルはある。

でもあくまでそれは「今」の話だ。

そして、その子達にとって必要なのは同情でも、何でも手伝ってあげようということでも、もっと早くどうにかすればよかったと後悔することではないと思う。

「その子たち自身が自分の人生を切り開いて生きていけるようになるために、今私たちに何ができるか」

言葉が話せないだろうが、言葉の意味が理解できなかろうが、コミュニケーションはとれるし、信頼関係を築くことだってできる。

そして毎日、「今私に何ができるか」ということを意識して関わると、その子達の成長に驚く事だって多く、「この子はまだ伸びる」という感覚がどんどんでてきてこちらも楽しくなる。

将来の予測を立てることも確かに大切だが、今のその子と真摯に向き合い、色んな方法を試しながら成長を喜び関わっていくことはとても大切な事だと思う。