彼らがオカルトと言われてしまう理由… オカルトから離れられない理由…
ここでは科学的な話は略しません。これは科学的な話ができないからでは…あるわけですが、同時にそれ以前の問題であるからです。まず、科学的といっても色々なアプローチがあるわけですが、そもそもとしてオカルトオーディオを趣味にしている人たちに、それ以前の言語的なやり取りが不可能であることが多々あることがその説明を難しくしています。
彼らの多くは、共通の言語体系が存在せず、共通の言語体系が存在しないがゆえに、物事を統合的に観察、相互理解することが不可能です。というより、意図しているかしてないかは別として、科学的、言語的な説明を放棄しているため、相互で言葉の意味が空振りを起こし、そこで空転を続けているのが、オカルトオーディオを愛する人たちの共通世界となっています。
ここでは何故そうなるのか? ではなく、具体的にはどういう文章がオカルトオーディオ界の文章となっているのかを詳しく見ていきながら、その本質的な問題について触れていきましょう。
それでは先ずは例文をひとつあげます。
>>「A」を使ったところ、これまでいつもイマイチに感じていた「B」のアルバムがどれも素晴らしくリアルな音になりました。今回の「A」は「C」では有りません。以前の「A´」と比べてもかなりこちらの方がいいです。
>>数名にご視聴いただき素晴らしい評価をいただいた「A´´」は我が家で聞く限り別物レベルで音はいいです。
次のような文章を見たことはないでしょうか?
わりとどこにでもある、オーディオレビューです。これが第三者にとって検証可能な情報としては非常に乏しいことは明らかですが、ことオカルトオーディオになると、とても価値がある内容と評価されます。何故そうなるのか? そこには大きく分けて2点あります。
1点、評価する人が、評価するという言葉自体に、言霊が宿り、評価を感じてしまう人が居る。
2点、評価する人が、評価するに値すると感じる人である場合、それ自体が評価になってしまう。
いずれの場合も、何を評価しているのかという点において、誰も理解していないのにも関わらず、それが評価になってしまうというのが、元来のオーディオ評論の癌なのです。例えば、「アルバムの音がリアルになった」というのは、どういう意味があるのでしょうか? そのアルバムを聴かない人には意味が通じませんし、「リアル」という基準が全員共通しているわけもないので、逆の反応も考えられます。
「リアル」というのが、人によっては歪から来る倍音成分かもしれない、ある人は音の切れ…かもしれない。でも、本来は入っていない倍音成分は歪であるし、反響がある方が生っぽく感じる人もいる。この辺を最初の解説に照らし合わせると、言語体系がもう滅茶苦茶すぎて、何を言っているのか、本人にも何を指しているのか分からないレベル。
自己満足の羅列をするだけなら好きにやってくれればいいのですが、自分たちはオカルトではない、音を嗜む人にとって意味があることをしているのだ、と大きく主張するのであれば、その価値を理解できる言葉に落とし込む努力が必要です。ただの個人の遊びなら、「黙れよ・うぜー」で済ませればいいのですが、実際に商売をやっている人から、マニアとされる人まで、オカルトオーディオと言われる人は一律にこのトーンです。
もう1例をあげますと──
>>「E」の効果はちょっとびっくりするほどです。
>>スピーカーの上に置いたところ
>>途端に、おっ っと声がでるぐらい、ちょっとした騒ぎになりました。
>>なんでこんなに変わる?
>>音場が一気に広がり声が立体的になり聞き取りやすくなります
何を言っているか理解できる人はいますか?
わかるわけないですね。強いていえば、位相が狂ったってことでしょうか?
「音が外に広がる」という変化があったとしても、それが何を意味するのかは、この文章だけでは分かりません。定位や位相関係の変化かもしれないし、反射音の変化かもしれない。そもそも、必ずしもプラス方向の変化とは限りません。すくなくとも、まっとうなシステムなら、やらかしたと考えることもできる現状です。また、何かを置いて変化があるのは、そりゃそうでしょう、という話です。スピーカーは音を飛ばすシステムで、その音は直接音、間接音や、スピーカーが鳴ったり、色々な現象で最終的に耳に届きます。その過程に変化があれば、変化があって当然。ただ、それを無意識に喜んでしまう、よくなったと言ってしまう、これこそがエターナルなオーディオマニアの基本です。
彼らは、よくなった、悪くなったを理解できるし、よくする努力をしていると言います。少なくても、ハイエンド機器を使いこなしていると自負する人たちは、そういうことをさも当然のこととして言う。しかし、その現実は悲惨なもので、リアルと作り物の区別なんて基本的にしてないし、比べるのは小さな差か、妄想の中にある差を真実のように吹聴することが主であり、其処に基準なんてない。
ないわけだから、変化するたびに右往左往しながら、遥か未来にあるとされる最高の音を求めて、五里霧中未来永劫彷徨い続けていく。そして、命運尽きるその日まで、もしくは飽きるその日まで、あくなき探求をしているという、自分だけがヒーローになれる物語を紡ぐ、それが本質です。
デジタルだアナログだと言っている人の本質は、音にはなく「自分を中心とした、自分の世界、自分が中心にいられるストーリーに酔ってるだけ」というのが現実です。こうしたことを書くと、「我々は努力し、研鑽し、そのうえで高みを目指す為に日々頑張っている。それが理解できないのは仕方がない。しかし、オカルトと言われるのは心外だ」という人が必ず現れます。測定ですべてがわかるわけではない。聴いてわかることがあるんだと…
そうですか… ただ、現実は悲惨で、そんなに人の耳は凄いのかという問題に対して、そうであったりそうでなかったりという現実があり、彼らの多くは、目的と手段の説明をしないという別の問題が発生したりして、言い訳と説明は混とんとします。
先ほど、オカルトオーディオとされる人たちの商品レビューの一例をあげました。あれは、架空の内容ですが、基本的な所はしっかり押さえているので参考にします。彼らは、何故その製品を選ぶのか、現状のシステムの何をもって問題なのかを、あまり言いません。言っても、その後で「具体的に何がよくなったのか?」を示しません。測定してないので示せないというのもありますが、それ以前に、起こるべき内容と、期待している内容と、言語がそれぞれで矛盾をよく引き起こすので、言語体系的に成立しません。何てことが割とよく起こります。
測定でわからないことがある。我々は努力している。我々の考えることは正しい。自分の耳はロバの耳である――。これらのロジックから導き出した答えの一つが、オカルトオーディオ語録ということになります。ただ、これは界隈の人たちにとって通用するので、他の人たちにはちんぷんかんぷんです。ついでに、界隈の人たちも、一斉に答えさせたらばらんばらんになる諸刃の剣です。
それが悪いというつもりはありませんが、自分たちの世界観を攻撃されたと勝手に思う前に、自分たちのやっていることを道筋たてて説明できるようになった方が、自分も相手も満足するので、そういう方向に舵を切ってくれたらいいなぁとは思います。
ついでに、測定で色々解説してくれたらいいなぁと思います。今の時代、それなりの価格で、かなりいいところまで測定ができます。インパルス応答とか、スイープとか、反響とか、歪とか、かな~り正確に、それこそ100Khzまで測定できたりするので…10万円越えの超凄いアメージングサウンドアクセサリーエフェクターマシンなら、どこかの何かの測定で、ワンダフルな結果が出るに違いありません。だって、凄いマニアの人が、置いただけで「わぉ!」って声が出ちゃうんですから。
で、何が目的で、何が原因で、どこを改善したのか、こういう基本的な言語体系を持って、色々と説明して、解説すれば、無限ループに陥る問題は防げないとしても、少なくても、目指している方向はわかるくらいに、一般人にも理解されるようになります。先ずは、そこからでいいので近づいてきてくれれば、オカルトオーディオなんて言われ…なくなるのは無理でも、不思議な趣味ですね、ぐらいにトーンダウンすることは可能だと思います。
ただまあ…仮にそうして説明できる段になって、過去を振り返った時……何でもありません。