驚いたことに、ドイツからかまぼこ板と卒塔婆が輸入されていた

しばらくブログも休ませていただいていたが、4月の26日から、5月の4日まで菅直人氏が団長、私が副団長でドイツの黒い森の視察に行って来た。
日本の林業は青息吐息と言うより、業としては農業や漁業のようには自立できないのではないかと、正直あきらめていたが、菅さんの紹介で富士通総研の梶山恵司さんの話を聞いて驚いた。
ドイツも20年前、日本と同じような林業の危機に陥っていたが、新たな大胆な政策の導入により、奇跡的な「再生」を図ることができた。
早い時期に、一度ドイツの黒い森に出かけたいと話していたが、ようやくこの連休を利用して、梶山さんの案内でドイツの林業視察に黒い森に出かけることができた。
驚いた。
現在日本の木材は米国からではなく、ヨーロッパからの「ホワイトウッド」の輸入が主流を占めている。ヨーロッパではフインランドのような森と湖の平地での林業だから、コストがかからない、安い木材がいくらでも輸出できると考えていたが、ドイツやオーストリアでは、日本と同様な急峻な山を抱えながら、立派に林業を営んでいるのを、この目で確かめることができた。
スイス国境近くのゲルスバッハの町で営林署の所長さん サルミーネさんに、伐採の現場を案内してもらった。
お昼、山小屋で、ナイフで切り分けていただいた分厚い燻製の生ハムと、豚の頭や血で作った手つくりのソーセージを固いパンでいただきながら、いろいろお話を聞くことができた。
「ご存知ですか、日本で使われているカマボコイタ、ソトバなどのもここのもみの木ですよ・・・・・」と。
私たちはあっけにとられた。
その後、山の中を登ったり下ったりしながら案内していただいたが、山はさすがによく手入れされている。落ち葉をキュウ、キュウと踏みしめていくがドイツでは枯れた落ち葉を森から持ち出すことも禁じられているとのこと。
もみの木、トウヒの木がほとんどだが、ところどころにブナの木がある。樹間も程よくとられていて、木漏れ日が差し込んで、気持ちがいい。
よく見ると樹齢70,80年はあろうと思われる立派な木もあれば、まだ20年生とか10年生の木も程よく配されている。
何故なのか聞くとドイツでは日本のように、いっせいに木を伐採、皆伐は禁止されていて、木材にふさわしい木だけを選んで主伐して、その後は必ず植林しなければ、違法伐採として処罰されるそうだ。
なるほど、最近NHKで皆伐されたあとそのまま、植林もされずに放置された山で、豪雨による土石流の発生が報道されていたが、まさにその通りである。
日本では、いい樹がある山でも1ヘクタールあたり50万円か100万しか儲からないと言われているのに、植林をするとなれば200万円はかかる。炎天下の植林作業も凄いが、
その後の下草刈り、間伐の重労働、その費用を考えれば誰も植林までする人はいない。
これでは、よほどの将来を見据えた林家でなければ、皆伐の後を植林するものはいないといえる。
このままではどうなることだろうか。
私達はまずゲルスバッハ地方では一番大きいもみの木を案内していただいた。
樹齢500年から600年は成るといわれていたが、大人が手をつないで3回りはするくらいの見事なもみの樹だ。余談だが、日本の屋久杉を思い浮かべたが、樹の精霊みたいなものを感じて、思わず、もみの大樹に抱きついて「気」をいただいた。
それから、かなり山道を歩いて、伐採の現場を見せていただいた。
ヘルメットをかぶった若い数人の作業員が、作業路に大型のトラクターをおいて、それぞれ分担しながら、伐採の仕事に取り組んでいた。チエンソーでもみの大木切込みを入れていく。大きな斧を後ろから打ち込むと、樹はゆっくりと大きな身体をゆすりながらユサユサと倒れていく。周囲の木々が一瞬大きくざわめいて、切り倒されたもみの樹の香りが一面に漂う。
それから玉賭けして、作業路までタワーヤードで引き上げる。
日本の、大村市の黒木の山で、森林組合の伐採現場を菅直人代表代行と一緒に見せていただいたが、そのときと変わらない伐採現場である。
むしろ、大村の黒木での現場が、プロセッサーが引き上げられた大木の幹をしごくようにサッと切り払って、長さを整えながら、まるで大根を切るように丸太にしていくのを見て驚いた。
急傾斜地での伐採のやり方は、決して日本は遅れていないし、それからしても伐採から製材所まで運ぶコスト面で、ヨーロッパと変わらない水準にあると言える。
ただ、決定的にことなることがある。
それは、幅員2,5メートルから4メートルの作業用道路がドイツでは1ヘクタールあたり100メートルはあるのに、推測だが日本は10メートルほどだといわれている。
その後日本で調べて3,5メートルしかなかった。
林業の場合には路網がどれだけ整備されているかが、決定的な作業コストの格差につながっている。
それが日本の林業の競争力を失わせた決定的な要因である。