これまでの人生 無駄だったなんて
どうして思う必要があるのでしょう
そう思う人がいたら
残りの人生を、これまでの分楽しめでと言いたいわ
残念ながら人生は後戻りしてやり直すことは
誰にもできません
私も間違いや失敗をたくさん経験しましたが
やり直たいとは思いません
もしやし直せたとしても
その人生が今より良くなる保障は
どこにもないのです
-ターシャ・テューダー
相変わらずターシャの本を読んでいる。読んでいるのか景色を眺めているのか。よくわからないが。
それほど美しい風景、文章は短く。耳が痛い。90歳を迎えられたというが、とても美しい。花や景色のせいではない。暖炉にそしてそこにある1830年代のロースターに向かって料理している姿が、若若しく。立ち姿がいい。ファッションも1830年。それがとても自然で、どこにピントを合わせても絵になる。
演出家が要らないのだ。
新聞はとってない。二三日遅れたものを娘さんが運んでくる。それで丁度いい。・・・となる。だからといって政治や社会に無関心かというとそうではない。暴力はびこる風潮を憎み悲しみ、政治家には辛口の意見をしっかり持っている。飼っているオウムの船長の鳥かごの下に、政治家の顔を敷いてやったわなんて言葉。
読むと短い単語だが、怖い。すべてを見透かしているようで。
人生が無駄だったなんて・・・の件もそうだ。今ある私の心の核心を錐で突き抜かれたようで奇妙な爽快感がある。何度やっても同じ場所で躓く私を、resetはゲームだけとあざ笑っているようだ。
それよりも今を受け入れ今を楽しみ生きてゆくことよ。たかが50周の周回で何が分かったのよ。すべてが解かったような顔しないで!謂われている様だ。静かながら、錐は急所を逸れない。
今からやりたいことのために準備をはじめたとしても遅すぎることはない。
心軽やかになる言葉の宝石がたくさん詰まっている。