空腹と空虚な白に囲まれた病室は、落ち着かなかった。時計が時を刻むのに、こんなに時間がかかるのか。まどろんでもまどろんでも、30分の時間でしかなかった。神経が過敏に反応し、何度も覚醒しては、今いる場所に絶望した。

家に帰りたい。心底、思った。


父と自分を並べ比べて、自分の寿命はそう長くないと思っている。結婚前、妻になる人にもそう伝えた。

愛の告白と、寿命の告白。多分、妻はあきれて聞いていたと思う。

幸せなことに、父の寿命を10数年超えている。それは、なにかひとつのハードルを越えた安堵感だろうか。

父である私と子供たちに少しの余裕を齎していた。緩やかにお互い少しのふれあいで、充分納得できることばかりだった。そんなソフトな、日々であった。


私は、例えば病気をしたら、その病名症状を知らせて欲しいと、家族に告げている。残された時間も。

何故なら、家族が、私に辛いうそをついたとしたら、彼らは、次々と嘘を私に告げなければならなくなる。

隠す為ついた嘘は、単なる序章で、ついには、膨らんだ風船は破裂するしかない。

そんな辛い日々を彼らには、送って欲しくないと思っているから。嘘はつくのも吐かれるのもいやだ。

まして、無意味な延命治療でぼろぼろになるまで、ベットにいるなんて、考えられない。

点滴の針におさらばして、スケッチブックとノートを抱いて眺めていたい風が、たくさんある。