糸島市の二丈に「白山神社」というのがあって、そういえば、佐渡にも、いや、
あちこちで同じく見た記憶があって、
どういった謂れか?祀られているのはどの神様?と思っていたが、『日本書紀』の異伝に、一度だけ出て来る「菊理媛(くくりひめ)」をお祀りしてあるらしい。
で、誰?・・・ということだが、
白山比咩神(しらやまひめのかみ)と同一神。
全国の白山神社に祀られる白山比咩神。
全国の「白山神社」、同じらしいが、総本山は、石川県白山市の、「白山比咩神社」。
火の神を産み、その時の火傷で死んだイザナミが恋しくて、悲しくて、逢いたい一心でとうとう・・・禁断の・・・
イザナミがいる、黄泉の国(死者の国)を訪れたイザナギ。
そのとき、やっと逢えたイザナミの、あまりにも恐ろしく変わり果てた姿を見て一目散に恐怖で逃げ出してしまった。
怒って怒涛の追いかけをするイザナミ。恐怖で逃げるイザナギ、
しかし泉津平坂(黄泉比良坂)で追いつかれてしまい、二人は、激しい口論になる。
そこに泉守道者が現れ、仲介?イザナギの言葉を取継ぎ、「一緒には帰れない」と言ったあと、その後あらわれた菊理媛神が「何か」を言った。何か???
それを聞かされた二人は仲直りし、イザナギは、泉守道者と菊理媛神が申し上げた事などを褒めて帰って行った。
日本書紀異伝には、菊理媛神が何を言ったかは書かれてはいない。
出自も書かれていない。
この話から、菊理媛神はイザナギとイザナミを仲直りさせた、「縁結びの神」とされている。
菊理媛神は、イザナギ・イザナミと深い関係を持つことがわかる。
この伝えは、 死者(イザナミ)と生者(イザナミ)の間を取り持ったことから
シャーマンの女神ではないかとも言われている。
死及び、死者が、ケガレに扱われることから、派生して、「ケガレ」を払う神格にされているらしい。
全国にある白山神社、日本人の生死を扱う習俗からケガレの発想があり、自然といろんな、生活あるところに、
そのイザナギ・イザナミのストーリーとともに、必ず存在しているのかな。
「くくり」という言葉の意味も死者と生者のみならず、人々の縁結びや、仲直りの神格になっているのかな。
神産みの時代の国の始まりの物語。
野北の来目皇子(日本書記に登場)を祀っている久米神社より、もっともっと何百年も古い神話の時代のこと。
でも、日本書記が完成したのは720年とされているから、編者が後の時代になって、始まりの物語を編んでいったことになる。
なにか、言い伝えが残っていたのだろう。