大伴部博麻の碑を訪ねてみた。
福岡県八女市室園。
ホタルの里、石橋の町にそれはあった。
古代史の現場、北部九州。
大伴部博麻のことは、知る人ぞ知る。
本当にお年寄りでも知らない県民も多い。
なぜ?
それは伝えていないからにほかならない。
大伴部博麻の碑の横にある説明書きも、
古びて剥がれて何と書いてあるかも読めない
だけど、上陽町教育委員会とは読めた。
つまり、ほったらかし!
よく手入れし、力を入れ教育し伝えているわけではないということ
寂しいもんだ。
この大伴部博麻が、自分を奴隷の身に落としてまで
日本が攻められる危機にあるという「伝令」を頼む仲間の船賃を工面し、日本国の危機を知らせたからこそ
現在日本が存在するかもしれないというのに・・・
自分を育てた親を思い、家族を思い、郷土を思い、そして国を思う自然な流れ。
名もなき英雄、誠を貫いた人博麻、
自分の身を売ってまで日本の危機を知らせた博麻は、なんと30年もの帰国できない奴隷の日々を送った。
博麻に感激し、「愛国」の詔を送った当時の持統天皇。
「国を思う心」「愛国」がもっとも尊い美徳と称えている。
武力でなく教育と文化で国の安定を図った、初めての女性の天皇、持統天皇の施政も、それを表している。
明るい年明けの陽光の中、ひっそりと高台に立つ大伴部博麻の碑に頭を垂れた。
