弟のオンライン授業の女の先生の声が聞こえてきた。
小学校の先生になるために必要な授業だった。

僕はベットの上

「温度を下げれば塩を取り出せます」

小学校の理科について先生は話している。
僕は化学科なので気になって耳を傾けていると、どうもすっきりしない。

「この知識はこどもに直接教えるのではなく背景として知っておいてください」

そう先生は言った。でもその知識はこどもに教えてもいいんじゃないかと思うくらい簡単な知識だった。

先生を育てる先生のレベルが低くないか
そう思ってしまった。

そして、こう思った。

小学校の先生でもその分野を専門的に学んだ人がならないとこどもの可能性を活かせないのではないか。

と。でも、小学校の先生に期待されるものは学習面だけではないのはわかる。

僕も、中学になって「教科ごとに先生が変わること」に抵抗を感じてた。
中学に入った当初は小学校のように一人の先生に教えてもらいたかった。

小学校では、勉強だけでなく、共同生活や社会のきまりなんかも学ぶ場で、先生はそのガイドのような存在であることも期待されているように思う。

きっと小学校の先生を経験した人は「そんなんじゃないもっともっと大変でいろんなプレッシャーや問題、期待に対応しないといけないんだ」というかもしれない。

専門的な知識を身につけた人に小学校の先生をやってほしいけど、それに加えて教え方、接し方、共感力、社会的マナーと数えればきりがないけど、そういう能力を多角的に備えた人が小学校の先生であるべきなんだろうなと。

それだけたくさんの多角的な能力をもった人にはなかなかなれないだろうし、それだけ多くの能力があるから「専門的な知識」が多少低くても仕方がないのかもしれない。

うーん、小学校の先生ってほんとにすごい