検察官による起訴前本鑑定の結果が

弁護活動において好ましくない場合、

弁護人としては公判前整理手続において、

裁判所による再鑑定の請求をすることになります。


その際には、ただ単に

「鑑定の結果は疑わしいため、再鑑定を請求する。」

とするだけでは鑑定請求が認められる可能性はないため、

鑑定の結果に疑問を生じさせる何かしらの資料を添付することになります。



一番いいのは、協力してくれる医師を見つけて、

(事件記録を見てもらい、被告人とも面談してもらって)

鑑定書に反対する意見書を書いてもらうことです。

でも、協力医を探すのは難しい。

費用も国選だと3万円までしか出ないため、自腹になります。



私は、協力医を探して意見書を書いてもらうことは不可欠ではない、と思います。


鑑定書における鑑定資料=前提事実が異なること、

鑑定資料となっていない事実(鑑定人が聞き取っていない不足の事実)があること、

鑑定意見の論理矛盾、説明不足等を

余すことなく指摘する。



医学の専門家でなくともできることです。



そのためには被告人から丹念に話を聞くこと



どんな事件でも基本は同じだと思わされます。

本日、現行64期の二回試験の合否発表があった模様です。



二回試験後、一緒に海外旅行にも行った戦友が

無事合格していました。


同じ修習地の他の同期も合格していました。



東京で飲み会があるらしいですが、

参加できないのが残念です。



「今年一番うれしいニュース」と、

ある同期が表現していましたが、

その通りですね。


うれしい。


ただ、うれしい。



うん、うん。




同期とはそういうもんです得意げ




うれしいニュースを聞いて、

ある弁護士の話を思い出しました。



「試験に受かって、お気の毒」


「おめでとう」ではなくて、「お気の毒」。



どゆこと!?



試験に受かるまでは自分のことだけ考えて頑張ればよかった。

それが試験に受かったあとは他人のことも考えなければならない。

自分を犠牲にしていかなくてはならない。


だから「お気の毒」。



その弁護士の方が自分が司法試験に受かったあとに、

ある和尚さんから言われたことばだそうです。




試験に受かるまでも大変だけど、

試験に受かったあともやっぱり大変。



大変さの質が大きく変わりますよね。



仕事をしはじめてからまだ半年程度ですが、

その和尚さんのいうことが多少分かってきた感じです。




自分も大変だけど、もっと大変でがんばって

もがいている同期がいるんだ、

とおもうのは非常に励みになります。



同期の仲間に感謝しつつ、

今回二回試験を突破した同期にこのことばを送ります。



お疲れさまでした。



そしてお気の毒でした。






意味を伝えなかった場合には、

確実にぶん殴られることばですねシラー

裁判員裁判の弁護人に選任されました。


ついに来ました。




裁判員裁判では弁護人が複数(2名)つきます。


私が任意にもう1人の弁護人を選んで、

裁判所に国選弁護人複数選任の申入書を提出するわけです。


1本釣りです。



誰にしようか悩みました。



同期の1人にしました。


新人2人のタッグです。



同期にお願いした理由は以下です。


サブにまわると主体的になれないので、覚わるものも覚わらない

②なめられないように2人とも頑張るので、結局いい弁護活動ができる(と思われる)

③自信がつく

④連絡が取りやすい

⑤なんとなく新鮮!




接見して被疑者に会ってきたら、

この人を守らなければいけない

と思えました。


被疑事実の罪名は重大なものです。


大いに頑張りたいと思います。




今日はじめて昼食後の歯磨きを忘れました。


責任を感じています。

大抵の人は、

自分が話すことを相手は理解してくれるだろう

という前提で話をします。


相手が弁護士ならなおさらです。

弁護士ならわかるはずだろうと。



相手の反応を見つつ、

言葉を選んで話せる人はなかなかいません。



だから、私は、

自分が話すことは相手は理解してくれないだろう

という前提で話をするように心がけています。


小中学生に説明するという姿勢です。

図や小道具も使います。


私は口下手ですが、

説明上手にはなりたい。





一方、話を聞くこと。


これは本当に難しくて、やりきれなくなります。


話が相手に伝わらない原因は話し手にある、

とは思うのですが、


依頼者の話を聞くということを仕事にしている弁護士にとっては、

十分に聞き取れない場合のその責任は弁護士にあります。



「自分は聞き上手」と思っていたのが、

淡い幻想だったということを知りました。


出直してきます。



少年事件はしんどいです。


はじめて付添人を経験しました。


少年とその家族と何回も面会し、

少年にまつわる膨大な情報を得ます。


その中から、二度と非行をしないための素、

問題解決のための素=リソース(資源・資質)をさがします。


そのリソースがどう更生につながるかを必死に考えます。



そのため、刑事事件の弁論要旨に比べて、

少年事件の付添人意見のほうが格段に力量が必要です。

(いずれも自白事件の場合)



付添人の仕事で重要なのは、

裁判所とは別の立場から、

少年のリソースに光を当てて解決の指針を考え、

解決に向かって少年とその家族をサポートしていくことです。


今回そのように感じました。



あと、少年事件は刑事事件と異なって、

みんながみんな、少年のためにどうすればよいかを真剣に考えています。


これはすごいことだと思います。


しんどいし、給料は低いですが、

やりがいは大きいですね。



はじめての少年事件は、審判の様子次第で、

少年院か試験観察かに分かれるものでした。


少年のリソースが光を放ち、

みんなの心を少なからず打ち、

結果は試験観察になりました。


少年の変容にはみんなが驚きました。



はじめての少年事件は思い出に残るものになりました。