先日ネットで見たニュースの見出し。

 

”草間彌生、90歳でも衰えぬ創作意欲 ステンレスの「南瓜」日本初公開”

(2019.4.29 産経新聞)

 

 

これは芸術。

「南瓜に水玉」。これで良いんでしょう。

 

写真から実物を想像しながら、唐突に、「草間彌生先輩は、90年間で一度も、マーケティングなんて考えたことないんだろうな~」と、ふと羨ましく思いました。

(純粋な芸術家ですからね。)

 

 

これは道具。

需要と供給のバランスの上に成り立っている商品です。

 

左:銅の吊りカゴ 4500円

右:湯どうふ杓子 2000円

 

 

湯どうふ杓子は、湯豆腐を食べるためだけの道具です。

湯豆腐を食べる人がいなくなったら、商品として成り立ちません。

 

 

100円ショップで売っている杓子で十分と思う人ばかりなら、2000円の杓子は売れず、職人が技能を発揮する機会も奪われます。

 

 

反対に、日常品の中にも美を見出し、そこに価値を認める人が多ければ、その商品は工芸品などと呼ばれ、多くの人に買われ、ある人にとっては宝物になるかもしれません。

(職人も神と呼ばれたりして・・・。)

 

それは、ファンがアーティストを見出すのと同じような気がします。

 

 

 

ところで、僕が2月に北野天満宮で見てきた名刀「鬼切丸」は、今はもう、使う当てのない道具です。

多くの人が、お金を払ってまで見たいと思ったのはなぜでしょう。

 

それは道具が本来の目的を超えて、芸術にまで昇華されているからだと思います。

 

 

 

個人的には、物でも、人でも、音でも、光でも、感動を呼ぶものは、すべてアートだと思っています。

(人の手が加わっていようといまいと)

 

 

でも、世間一般にアートと認められるには、芸術的な視点を持った、一定数の人々の支持を得る必要がありそうです。

(アーティストとして認められるのも同様でしょう。)

 

 

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エンターテインメント (entertainment) は、人々を楽しませる娯楽を指す。楽しみ、気分転換、気晴らし、遊び、息抜き、レジャーなどが類語とされる。

 

概要

"entertainment"という言葉の原義としては、特に演者の技能を鑑賞することを主体とした見せ物、出し物、余興などを指す語で、スポーツ・舞台演劇・演奏会・公演などを指す。

(Wikipediaより抜粋)

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チームPerfumeには、エンターテイメントを、アートにまで昇華させる能力があります。

しかも、何年も、経済的、精神的に持続可能なレベルを維持しながら、チームとして成長もしています。

 

(2017年 「距離をなくせ」終了後)

 

これって、かなり大変なことだし、妥当な評価を頂いても良いと思うんですけどねぇ。

 

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それで、結局、

Perfumeって、なに?

 

 

説明に困るんだよな~~。

この、ふり幅の大きさ。

 

 

Perfumeの多面性が、長い道のりが、関わる人の多さが、そして高いスキルが簡単には言い尽くせないんです。

 

特に、想像力の乏しい人や感性の鈍い人に説明するのは難しいと思います。

 

見たこともないのに、「いつまで『南瓜に水玉』だ」なんて言う人には、どんな言葉を使っても、理解不能だと思った次第です。

 

(かしゆか撮影)

 

ライブに行って五感で感じて、初めて判ることって多いです。

頭でっかちな先入観も、独りよがりな価値観も、ライブを体験することで吹っ飛ぶことでしょう。

(僕がそうでしたから)

 

 

つまり、Perfumeはアートの集合体。

アートは、実際に経験してみて、五感で感じて、自分の感動に素直になれる人だけが共有できるものですからね。

 

 

だから、

Perfumeは、経験するものってことなのさ。